氷の国の小人たちは、ハンパでなく色々な才能に恵まれていましたが、その才能の上にあぐらをかいたりはしていません。
与えられた才能をより美しく開花させるための努力、更に更に磨くための努力を怠るような小人たちではないのです。

ですから、演叩会が終了すると、どんなに疲れていても、毎日しっかり反省会兼批評会をします。
誰が一番沢山の鍵盤を叩いたか、上手に叩けたかの報告をし合って、いちばん成績のよかったメンバーに『本日のベストプレーヤー賞』であるメダルチョコレートが進呈されるのです。
メダルチョコは、もちろんたれたれ瞬ちゃんお手製。とってもおいしいチョコでできた、とっても可愛いメダルです。
小人たちは、この栄誉あるメダルチョコ獲得を目指し、ハードなトレーニングに日々精進していたのでした。


最優秀演叩者の証、メダルチョコ獲得のために、夜毎の演叩会で燃えに燃える熱い小人たちは、時には、フライングで違う鍵盤を叩いたり、2、3人がキーを間違えて叩いてしまったりすることもありました。
けれども、それがまた微妙な和音となり、類まれなるハーモニーを紡ぎだして、うるさがたの音楽評論家たちをうならせるような素晴らしい演叩になるのです。



小人たちは、その夜も、今日の演叩会の最優秀演叩者を決めるミーティングを開いていました。

ところが、なんということでしょう。
小人たち全員の演叩の内容をチェックしてみたら、小人たち全員が、
『正しく打った数』 < 『ミスした数』
だったのです。

もちろん、それまでも、小人たちがメダルチョコ獲得に燃えすぎてミスタッチしてしまうことは、ままありました。
けれど、小人たち全員が、
『正しく打った数』 < 『ミスした数』
になったのは、その日の演叩会が初めてだったのです。

さすがの小人たちも、これには驚いて、真剣に頭を突き合わせて話し込んでしまいました。

「どーして、こんなにミスが多いんだろう?」
「変だよ。評論家のおじさんたちは今夜の演叩会も大絶賛で、感動して泣きながら帰った人もいたのに」
「そうだよねぇ、僕、自分でもすごく上手にできたと思うもの」
「僕も、メダルチョコ欲しさに言うわけじゃないけど、今日も最高に素敵な曲を叩けたと思うよ(←『弾けた』ではない)」


「もしかしたら……」
ちょっとだけ不安そうな仲間たちの顔を見渡しながら、口を開いたのは9号でした。

「もしかしたら?」
「もしかしたら、僕たちは、楽譜よりも素晴らしい曲を作り出しているのかもしれない……」
「えええええっ! モーツァルトよりっ !? 」
「だって、楽譜と違うのに大絶賛なんだよ。他に考えられないよ」
「じゃ…じゃあ、僕たちには、ハンマーピアニストの才能だけじゃなく、作曲家としての才能もあるの?」
「そうかもしれない」
「そんな……」×14

天才モーツァルトを凌ぐ天才。
そんな素晴らしい才能に恵まれていることを、けれど、小人たちは素直に喜ぶことができませんでした。

なんといっても、
「……僕たちが望むのは、僕たちの氷河と毎日平和に仲良く幸せに暮らすことだよ。これ以上の才能なんていらないよ」
――でしたから。

「僕たちにそんな才能があることがわかったら、僕たち、ますます忙しくなっちゃうよ」
「ダンスもしなきゃならないし」
「コミケにも出なきゃならないし」
「おやつを求めて時空も越えなきゃならないし」
「コピー誌が間に合わなくて泣いてるおねーさんも助けてあげなきゃならないし」
「商店街のお仕事だってあるし」
「もちろん、ハンマーコンサートもスケジュールびっしり」
「お洗濯だってしなきゃならないのに」
「この上、作曲家〜 !? 」

それは、喜べないどころか、小人たちにとっては、むしろ困ったことだったのです。

「氷河と遊んであげる時間がなくなっちゃうね……」
「氷河が寂しがるかもしれないよ」
「うん……」× 14

小人たちの生きる目的は、氷の国の氷河を幸せにすることでした。
たくさんの人たちからの賞賛の声よりも、氷の国の氷河に『今度の演叩会も上手に叩けたな。俺も鼻が高いぞ』と言ってもらえることの方が何倍も嬉しかったのです。
いいえ、むしろ、氷の国の氷河がそう言ってくれるからこそ、小人たちはハンマーピアニストとしての多忙な日々を頑張りぬくことができていたのでした。

それなのに……。


「ねえ、明日から、わざと下手くそに叩こうか……(←『弾く』ではない)」
「そんなことして、いいの?」
「だって……僕たちは氷河と一緒に仲良く幸せに……」
「でも、そんなこと……」

誰よりも誰よりも氷の国の氷河を愛している小人たちの苦悩のミーティングを、なぜか、コンサート会場の廊下をモップでお掃除していた氷の国の氷河が、ドアの陰で聞いていました。

「おまえたち……」

毎日開催されるハンマーコンサート。
コンサートの司会、コンサート会場の警備・お掃除、ピアノの修理・調律、会場ロビーでのCDやパンフレット販売所の売り子さん、お客さんの誘導、小人たちの衣装作りに、ご飯の準備とおやつの準備。そして、真のフリークたちの残酷な仕打ち。
氷の国の氷河は、多忙な毎日を送っていました。
以前のようにのんびりと小人たちと遊ぶ時間はありませんでしたし、夜もほとんど眠っていませんでした。


「あ、氷河……」

けれど、氷の国の氷河が、そんな毎日を、愚痴ひとつ言わずに頑張りぬけていたのは、演叩会でピアノを叩いている小人たちがとても楽しそうで嬉しそうだったからでした。
メダルチョコ獲得に燃える小人たちが、生き生きしていて幸せそうだったからでした。

小人たちが楽しくて幸せでいてくれるのなら、氷の国の氷河には、どんな苦労も苦労ではありませんでした。

その幸せで楽しいことを、小人たちから奪うようなことをする悪者がいたら、氷の国の氷河は、その悪者をやっつけるために鬼にだって聖闘士にだってなるつもりでした。
小人たちの望む道を小人たちの望む通りに歩ませてやることが、そうして、そんな小人たちの笑顔を見ていることが、氷の国の氷河のいちばんの幸せだったのです。


「おまえたち、ピアノを叩くのが好きなんだろう?(←『弾く』ではない)」
「うん……」× 15
「ダンスを踊るのも好きなんだろう?」
「うん」× 15
「同人誌を作って、コミケに出るのも好きなんだな」
「うん」× 15
「おやつも、お手伝いも商店街の仕事も洗濯も好きなんだろう?」
「好きだけど、でもー!」× 15


「でも、僕たちは、そんなことよりずっとずっと氷河のことが大好きなのー !! 」× 15

「おまえたち……」

愛する小人たちから、優しい嬉しい言葉を聞かされて、氷の国の氷河は、じーん☆ と感動してしまいました。
まさに、『我が人生に悔いなーし!』な心境でした。


ですから、氷の国の氷河は、つぶらな瞳で自分を見上げている小人たちを、両腕で抱えるようにして抱き上げて言ったのです。
「いいんだ。おまえたちは、おまえたちに与えられた才能を思う存分生かせばいい。俺のために我慢することはないんだ。俺はいつだって、おまえたちを応援して、支えてやるからな」

「氷河……」× 15

自分(たち)の大好きな人が、自分(たち)のいちばんの理解者だということは、なんて幸せなことでしょう。
氷の国の氷河が小人たちの思いやりに感動したように、小人たちもまた、氷の国の氷河の優しい言葉に大感激したのです。

「氷河ーっっ !!!! 」× 15

小人たちは、泣きながら、氷の国の氷河の腕からジャンプして、氷の国の氷河の胸や肩にへばりつき、わんわん泣き出してしまいました。

悲しかったからではありませんよ。
氷の国の氷河の男らしくて潔い言葉が嬉しかったからです。


そんなふうにして、愛と涙とハンマーな運命の恋人達は、多忙な生活の中にあっても、日々愛を深めていたのでした。