「大事なのは、自分の心の満足だよ。もちろん、報酬も(とっても)大事だけどね。僕は、綺麗事は言わないよ。誰かのために何かをするのも、自分のため。自分のためだから、人からの讃辞なんかいらないんだ」

さすが、大物の言うことは違います。
残念ながら、犯人は小物思考が身についてしまっているらしく、9号の言葉をすぐには理解しかねたようでしたが。

「幼稚園児なんて、どんな報酬をくれるんですか?」
「うーん、1週間くらい働いて、飴玉1個のこともあったなー」

「…………」
小物には、やはり大物の考えはわかりません。
そんな仕事、そんな報酬のために、世界のアイドル小人さんが1週間もの時間を割くなんて、彼には到底信じられないことでした。

けれど、9号は、自分のしていることの意味も意義もちゃんとわかっていたのです。
「でも、それで、その子は友達の中に入っていけて、いつか大物になって、世界の平和のために活動してくれるようになるかもしれない。あるいは、それで、犯罪者になる可能性を秘めてた子を、悪の道から救い出せたのかもしれない。そして、世界が平和だと、経済活動も安定するし活発化するから、結局は、僕のためになるんだよ」
「…………」
「幼稚園児ひとりを救うのも、世界のためになるんだ」
「…………」

9号は自信満々、犯人はひたすら呆然唖然です。

「しっ……しかし、世界のアイドル・小人さんが、どーしてそんな飴玉のためになんか……」

「ふっ、理由はただ一つ、愛だよ」
「愛……?」

「そうだよ。僕は、僕自身と、僕の仲間たちと、僕たちの氷河と、僕たちが生きてるこの世界を愛してる。愛するもののために働けて、その上報酬をもらえるなんて最高じゃない。何が不思議なの」

たとえ、その報酬が飴玉1個でも、つぶつぶいちごポッキー1年分でも、100万ドルでも、9号には同じでした。
それが、100億円の何千分の一、何百億分の一なのかは問題ではないのです。

9号の目標金額100億円は、『愛』の代名詞でした。


「どう? 僕の部下になる? 有名にはなれないけど──むしろ、目立っちゃいけない仕事だけど、世界を動かす仕事だよ」
「な……なります! 小人さんの部下だなんて、鼻高々で、俺を馬鹿にしてた奴等に自慢できる!」

犯人は、9号の仕事の本当の動機を、まだ正しく理解できていないようでした。

「これは秘密の活動だよ。僕たちが世界を動かしていることは、誰にも知られちゃいけないんだ。僕たちは大物なんだから」
「はいっ!」

でも、それは、彼がこれからの仕事の中で、ゆっくり覚えていけばいいこと。
時間をかけて学んでいけばいいことなのです。
9号には、世界中に、この犯人のような部下が――同志が――たくさんいました。

「うん。じゃ、ブッシュッシュおじさんには、特赦を頼んでおいてあげるよ」
メリーケンケン国の大統領の名を、隣りのおじさんを呼ぶように気軽に口にする9号を見て、犯人は、9号の大物ぶりを感じることだけはできたようでした。

「はい! ボス!」
「ふっ……」

誇らしげに返事を返してよこす青年に、9号は、クールに微笑してみせました。

この気弱な目をした青年にとって、すべては――真の人生は――これから始まります。

それは、要領の悪さに泣いてきた青年の、夢と希望に満ちた新たなる旅立ちでした。






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