銭形氷河が広く果てのない大海原に旅立った頃、小人たちとカミュ物理学者とミロ医学者を乗せた船は、素敵な追い風を受けて、長崎ヘと向かっていました。 文字通り、順風満帆というやつですね。 ちなみに、『順風満帆』は、『じゅんぷうまんぱん』と読みます。 『じゅんぷうまんぽ』や『じゅんぷうまんぱ』とは読みません。 いつか書き取りテストに出るかもしれないので、これはちゃんと覚えておきましょう。 でないと、どこかのモーソー氷瞬パロ書きのように、テストで×をもらうことになりますからね。 さて、その順風満帆の船の甲板では、ちょっと陰険な掛け合い(漫才)が始まっていました。 「どうだ、私の目に狂いはなかっただろう? やはり、これはただの壺ではなかったのだ。こんな可愛らしい砂糖菓子のカラクリ人形が仕込まれていたとは、さすがの私も予想できなかったがな」 「国に着いたら、目の検査のフルコースを受けることを勧めるよ」 カミュ物理学者は、それでもやっぱり、ミロ医学者の鑑識眼を認めることができずにいました。 呼ばれて(ないけど)飛び出てじゃじゃじゃじゃーん☆ の小人はともかく、カミュ物理学者の目にはどうしても、ミロ医学者が惚れ込んでいる壺はただの薄汚れて煤けた壺としか映らなかったのです。 「ふっ……誰に言っているんだ。私は医者だぞ」 「医者の不養生とは、よく言ったものだ」 「健康は大事だよ。具合いが悪いと働けないもの。ちゃんと検査を受けた方がいいよ。お金はそういうことに使わなくっちゃ」 二人の見慣れぬ異人さんたちに物怖じした様子もなく、9号は相変わらず9号です。 見知らぬ小人に検査を勧められたミロ医学者は、ちょっと毒気を抜かれたような顔になりました。 「……随分経済観念のしっかりしたカラクリ人形だな」 「いったい、どういう仕掛けになっているんだ?」 喋るカラクリ人形に興味を引かれたらしいカミュ物理学者が、カラクリ人形の仕組みを見極めるために、9号の前掛けの紐と着物の帯を解こうとして手を伸ばしてきます。 9号は、ぱっとカミュ物理学者の手の上に飛び乗ることで、その魔の手(?)から素早く逃れました。 「なんて失礼なことするの! いきなり着物を脱がせようとするなんて、南蛮人じゃなくて野蛮人のすることだよ!」 「あーあ。見ろ、怒らせてしまったじゃないか。毎日、物理なんてつまらないものにかかずらっているから、理詰めでしか動けなくなるのだ」 妙に嬉しそうに友人を非難するミロ医学者に、ちらりと鋭い視線を送ってから、カミュ物理学者はもう一度9号の方に向き直りました。 「これはすまなかったね。失礼を許してもらえないだろうか? 私は、阿蘭陀からやってきた物理学者のカミュという」 礼儀に適った態度を示す人には礼儀正しく接するのが、まさに礼儀というものです。 丁寧な謝罪を入れてきたカミュ物理学者に、9号もまた、礼儀正しく自己紹介をしました。 「いえ、こちらこそ、いきなり飛び出してきてごめんなさい。僕は9号と言います。結婚資金を貯めるために、花のお江戸の湯屋でアルバイトをしている銭形氷河と長屋で同棲中の小人です」 「私は医学者のミロだ。おおおー! こっ……これは !! 」 礼儀正しく自己紹介し合っている二人の横で、突然ミロ医学者が驚愕の雄叫びをあげます。 彼は、彼の愛する壺の中を覗き込み、そこに9号の仲間たちがみっしりと埋まっているのを発見したのでした。 「騒々しいな、何事だ」 「す……すごいぞ! 東洋の神秘が、1、2、3、4……14、みんなで15人だ!」 ミロ医学者が小人たちを発見したということは、当然、小人たちも、壺の中を覗き込んでいるミロ医学者に気付いたということです。 「あっ、誰か見てるよ」 「こんにちわー」 「はじめましてー」 「僕たち、ここにハマって出られないのー」 「出してくださーい」 壺の底にいる小人たちの声は、アリさんのように小さかったのですが、それは何とかミロ医学者にもカミュ物理学者にも聞き取ることができました。 「これに掴まって出ておいで」 カミュ物理学者が、なぜか、南蛮ファッションの懐から、すちゃっ☆ とバースプーンを取り出して、それを砂糖壺の中に差し入れると、 「はーい」 「順番決めるからちょっと待っててくださーい」 やっぱりアリさんのように小さな声で、小人たちは良い子のお返事です。 もっとも、小人たちの砂糖壺脱出作戦は、それからが大変でしたけれどね。 「誰から行く?」 「じゃんけんが一番公平だよね」 「そうだね。ここに残っていたいのは、みんな同じだもんね」 「だって」 「僕たちは」 「ひとりで15人」 「15人でひとりだもの!」 今回に限って言えば、9号は既に砂糖壺から脱出済みだったのですが、決め台詞というものは、そうそう簡単に変えることはできないものなのです。 それはともかく、一心同体の小人たちのじゃんけんは、人数が多くて、あいこが多いので、いつもなかなか勝負が決まらないのが難点。 なんとか脱出の順番が決まった小人たちが、カミュ物理学者の持つバースプーンによって、全員壺の中から掬い出されたのは、それから優に半時(現在の約1時間)が経ってからのことでした。 |