優勝者は、異国の騎士でした。
漆黒の馬に銀色の鎧、青い瞳と、見事な金色の髪をした。

円卓の騎士たちに勝るとも劣らない強さと手並みに驚嘆しつつ、闘技場を見下ろすバルコニーから、ログレスの王は金髪の騎士に尋ねました。

「名誉は既にそなたのものだ。優勝者の望みを告げるがいい。神の栄光、王の威信、騎士の名誉にかけて、そなたの望みは叶えられるだろう」

騎士というものは、名誉や正義、人々の賞賛の他に望むものがあってはいけないもの。
それが、騎士道の教えでした。
地位や領土や金品を望むことは、騎士道にもとる行為とされていたのです。

それ故、馬上試合の優勝者はいつも、『王国の平和』や『正義の実行』、『王の健康』など、“もの”ではないものを望むのが慣例になっていました。そうして、自らの無欲を人々に示した騎士は、改めて王から褒美を与えられることになるのです。


しかし、その金髪の騎士は、その慣例に反して――つまりは、騎士道精神に反して――“もの”を望んだのです。しかも、その“もの”は、ログレスの王の宝、王が何よりも大切にしている宝でした。

「俺の望むものは、王の妹。アンドロメダ姫を賜りたい」
騎士は、当然の権利とでもいうかのように倣岸に言い放ち、王は騎士の要求に言葉を失いました。

王の代わりに怒りを露わにしたのは、王の側近くに控えてトーナメントを観戦していた、11人の円卓の騎士たちです。
「騎士たる者、王への忠誠と正義の実行が第一義だろう! 王に姫君を要求するのは不忠以外の何ものでもあるまい。今の言葉を撤回しろ!」

なにしろ、その望みは、円卓の騎士たち全員が、“騎士道”に妨げられて、口にしたくてもできずにいた望みでした。円卓の騎士たちは、王の忠臣であるが故に、そして、騎士たる者は名誉と正義以外のものを望んではいけないという騎士道精神に妨げられて、その望みを口にすることができなかったのです。
円卓の騎士たちの憤りも当然といえば当然のことだったでしょう。

しかし、金髪の騎士には、少なくともログレスの王の臣下だという足枷はないようでした。
「あいにく、不忠ではない。俺自身がベンウィックの王だからな。ログレスの王は騎士の名誉にかけて誓ったことを覆すのか。王は、騎士の名誉にかけて俺の望みを叶えると言ったではないか」
「…………」
「つまり、これはベンウィックの王からログレスの王妹への結婚の申し込み。トーナメントでの優勝は、俺が姫にふさわしい男だということを示すための、いわば余興のようなものだ」
「…………」


金髪の騎士の言葉にどう対応したものか、ログレスの王は困惑しました。
ベンウィックは海を隔てた大陸に、広大な領土を持つ国です。王と名乗る者が現れては消えていく、騒乱の絶えない国でした。
ベンウィックの王と名乗る金髪の騎士とて、その中の一人に過ぎないのでしょう。そんな、どこの馬の骨とも知れない男に妹姫を与えることなどできません。

いいえ、例え金髪の騎士が真の王だったとしても、それは無理な相談というものでした。


ログレスの王の妹姫は、実は姫君ではなかったのです。





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