ヒョウガがログレスの王に円卓の間に招かれたのは、その翌日のこと。 ヒョウガもログレスの王も、それぞれの胸に勝算を抱いていました。 13ある円卓の席の12の席を埋めた王と11人の騎士たちが、ヒョウガを出迎えました。 「我が妹を得る者は、同時に“王の中の王”という名誉を得ることになるだろうと予言されている」 王は、前置きもなく、ヒョウガにそう切り出しました。 「それほどの騎士ならば、その資格のないものが座ればたちどころに罰が下されるといわれている、この円卓の危難の席にめたらいもなく座れるほど高潔な騎士に違いない。貴公が真の騎士、真の王なら、行ない正しく、どんな些細な罪を犯したこともない真の騎士なら、この危難の席は貴公に災いを及ぼすこともないだろう。もともと、今年の馬上槍試合は、危難の席に座れるほどの騎士を招聘するためのものだったのだ。貴公がこの席に受け入れられたなら、我が妹を貴公の手に委ねよう」 「…………」 王どころか騎士ですらないヒョウガには、そもそも危難の席を試す資格すらありません。 ヒョウガは、王の言い分に腹を立てました。 危難の席に着く騎士の出現の予言があったことはヒョウガも知っていましたが、それとこれとは別の話。ヒョウガは、危難の席に着く騎士としてではなく、トーナメントの優勝者の資格において、アンドロメダ姫を望んだのです。 ヒョウガは、王に抗議したかったのですが、しかし、彼にも、自身を騎士と偽り、王と偽った負い目がありました。 危難の席に着けば、身分を偽ったヒョウガには天の罰が下るでしょう。 しかし、真実を告げれば、王と騎士をたばかった者として、円卓の騎士たちに命を奪われることになるのは目に見えています。 いずれにしても、ヒョウガの運命の先にあるものは死だけでした。 ヒョウガにできるのは、神の罰に因る死と騎士たちによる処刑の、どちらかを選ぶことだけだったのです。 そうして、ヒョウガが、人の手にかかることよりも、天の裁きに身を委ねようと決意した時。 円卓の間の入り口に、彼は、ほんの2日前に出会ったばかりの可愛い見習い騎士の姿を見い出したのです。 「シュン……」 “アンドロメダ”ではないシュンの名を知っているヒョウガに、王は眉をひそめました。 両親亡き今となっては、その名を知る者は、シュンの兄ひとりだけのはずだったからです。 王は、兄弟の大切な秘密を知っている偽者の騎士を不審に思いましたが、偽の騎士の方は、そんな王の疑念に気付いた様子もありません。 「――シュン。俺が死んだら、どうにかしてベンウィックにいる俺の仲間に伝えてくれないか。俺は失敗したと。今ベンウィックの都を占領している部隊の指揮官に、シリュウという名のくそ生意気な男と、セイヤという名の小生意気なガキがいるから、そいつらに――後を頼む、と」 「……ヒョウガ」 「すまん。幸せにしてやれると思ったんだが」 ヒョウガの言葉に、シュンは微かに左右に首を振りました。 「僕はヒョウガが生きていてくれさえすれば、幸せになれます」 そう言って、シュンは、滑るように足音もなく、円卓の側に、ヒョウガの側に歩み寄ってきました。 そうして、ヒョウガに、 「だから、僕は絶対にヒョウガを死なせたりしません」 と告げるなり、シュンは、円卓の最も奥の位置にある危難の席に、その身を置いてしまったのです。 「シュ…シュンッ !! 」 シュンのその行動に驚いたのは、ヒョウガよりもシュンの兄の方でした。 ログレスの王は、彼の弟が、自ら企てたことではないとはいえ、多くの人間を偽って生きていることを知っていました。 そして、それより何より、そもそもシュンは騎士ではないのです。危難の席に限らず、円卓に座る資格を持っていないのです。 たとえ罪を負った存在でも、シュンの兄にとって、シュンは、騎士の名誉よりも王の地位よりも大切な存在でした。 命よりも大切なその宝を、卓や椅子ごときに奪われてしまってはたまりません。 王は、シュンを危難の席から引き離すために、急いで自分の席から立ち上がり、弟の許に駆け寄りかけました。 その王の手と脚を遮ったもの。 それは、円卓の中央にふいに現れた、“光”でした。 円卓そのものを包み込むようなその光の中央に浮かぶ、杯と槍でした。 最後の晩餐で用いられ、十字架上のキリストの血を受けた聖杯。 十字架上のキリストを貫いたロンギヌスの槍。 誰に説明を受けなくても、その二つのものが何なのか、その場にいる騎士たちにはわかっていました。 この円卓は、イエスの最後の晩餐の卓を模ったものなのです。 神が求めているのは、裏切り者のユダに代わって12番目の使徒となる、高潔な魂の持ち主。 神の力による奇跡に瞳を見開いている円卓の騎士たちの前で、“光”は、男性のものとも女性のものとも判別し難い音で、シュンに尋ねてきました。 『おまえはどちらを選ぶ? この場で高潔の士として天に召還される栄光と、地上の幸福を得るために、人としての苦難を耐えることと』 まばゆい光に畏まっている騎士たちの視線が結ばれている一点から発せられる、穏やかで厳かな響き。 その声に、まるで明日また出会える友に別れを告げる時のようにあっさりと、シュンは答えました。 「僕は人として生きることを望みます」 シュンの返答を聞くと、“光”は名残りを惜しむように少しずつ小さくなり始めました。 その光が完全に消え去るのも待たずに、シュンが危難の席から立ち上がります。 兄と円卓の騎士たちの畏怖の眼差しを受けながら、シュンは抑揚のない静かな声で告げました。 「あの聖杯と槍を、僕はこれまで幾度も見ています。初めて見たのは12歳の時。僕は、自分がみんなを騙しているのが辛くて、神に自分の罪を裁いてもらおうと思って、この危難の席に座ったんです。騎士の誓約で、ヒョウガの妻にされてしまった日にも、ヒョウガと初めて身体を交わらせた日にも、僕はこの席に座った。そして、僕がどんなに変わっても、僕がこの席に座るたび、あの聖杯と槍は円卓の上に現れて、僕を神のいる天へと誘うんです」 しわぶき一つ無い円卓の騎士たちを一人ずつ順に見渡してから、シュンは彼らに小さく頭を下げました。 「騙してて、ごめんなさい。僕は少女じゃないんです」 |