さて、良いカップリングのパートナーに恵まれなかった故に存在感の薄い白銀聖闘士は無視することにして、こちらは5人の青銅聖闘士の集結した城戸邸である。

アテナの『ほも禁止令』には、青銅の5人も尋常ならぬ危機感を抱いていた。



「さ…沙織さん、星矢同人界でそれはまずいのでは」
「だよなー。星矢同人界でほもにされたことのない奴なんて……えーと、ギャラクシアン・ウォーズの時にアナウンサーしてた奴とか、ジェットヘリのパイロットくらいのもんじゃないのか? 今更『ほも禁止』なんて言われてもなぁ」

星矢と紫龍の極めて常識的かつ現実的な訴えを、アテナ沙織は威厳に満ちた態度で一蹴した。
「だから、それを禁じるというのです! 仮にも女神に仕える聖闘士がほもだの何だのと汚らわしい!」

「女神がどうこう言うんなら、ギリシャの神様、ほもだらけじゃん」
「何か言った? 星矢」
「めめめめ滅相もない!」

さしもの大らか主人公星矢も、何事につけアテナに逆らうのは得策でない――ということくらいはわかっていた。なにしろ相手は、金になる仕事もしていない青銅聖闘士に朝昼晩の三食とねぐらを提供してくれる、ありがたーい女神様なのだ。


「でも、俺たち青銅聖闘士は総当たりじゃん。あ、いや、俺と氷河ってのはないのか?」
「かつて一度もなかったとは言いきれまい。なにしろ星矢は主人公だからな」
「そーゆー紫龍も総当たり、か。紫龍はその上に、王虎なんて奴もいたし、デスマスクやらシュラやら、黄金聖闘士とのカップリングも多いよな」
「総当たりは一輝も同じだろう。もっとも、俺とはなかったと思……まあ、なかったとは言い切れないか」
「氷河は、兄弟メインだよな。俺や紫龍とは……これも、なかったとは言い切れないのかー」
「でもって、瞬は――」

星矢と紫龍の会話は、そこで突然、寿命が尽きた安物のカセットテープのようにぶち切れた。

「僕は?」

星矢同人界・最高にして最強の(?)総受けキャラ・アンドロメダ瞬の邪気の無い眼差しに出会った紫龍と星矢は、世界中の誰もが知るその真実を口にするのをためらったのである。
「い…いや、何でもない。気にするな、瞬」
ぎこちない態度でお茶を濁し、彼等は瞬に作り笑いを作ってみせた。


と、そこに、“この見てくれで受けもできるか”フェニックス一輝が、割り込んでくる。
「俺は、『ほも禁止令』施行は、結構なことだと思うぞ。だいたい、世の中、ほもなんてそうそう転がってるものじゃないんだ。だというのに、聖闘士の世界のほもの発生率は異常だぞ。ただのじーさんだと思われていた頃の老師から、星の子学園のガキ共まで、手当たり次第ほもにされてるんだ。おかしいとは思わんのか!」

一輝の意見は至極正論。
もっとも、彼は、老師がほもだろーが、アテナがほもだろーが,実はどーでもいいと思っていた。自分自身が“受け”にされることすら、一輝には大した問題ではなかった。彼は、とにかく、彼の最愛の清らか〜な弟が“総受け”の代名詞になっていることが我慢ならなかったのである。
初めて『瞬×星矢』の瞬攻め本を見た時など、彼は感動のあまり、『星矢、よく受けてくれた!』と星矢の勇気を褒め称えるために、イベント会場から即行で城戸邸に帰ってきたほどだった。

「そりゃそう思ってはいるけどさー。でも、それが世の習いだし、別に害もないし」
一輝の正論に、星矢はひょこりと肩をすくめた。
「下手に女なんかと付き合って子供なんかできた日にゃ、家庭と聖闘士稼業の両立が大変じゃん。それこそ、聖闘士星矢の世界が破綻しちまうぜ?」

「む……」
一輝の主張が正論なら、星矢の主張もまたある意味正しい見方である。
「ま…まあ、俺とても、シャカが赤ん坊のオムツを換えている姿や、サガが女房の機嫌取りをするために急いで家に帰るところなんてのは見たくはないが……」

「それくらいならまだいいけどさ。アイオリアが、ぎゃーぎゃー泣く子供をおんぶしてあやしてるトコなんて、まじで目も当てられないと思わないか?」

「似合いすぎて……か」
一輝の呟きに、星矢が嫌そーな顔をしてこくりと頷く。
一輝もそれは確かに嫌だった。
マイホームパパと言えば聞こえは(まだ)いいが、アイオリアの場合、その相手が誰であれ、女房の尻に敷かれる濡れ落ち葉亭主になることが目に見えている。



『あなたーっ! いー加減で、聖闘士なんて恥ずかしい仕事はやめて定職に就いてちょうだいっ! 今のままじゃ、マリちゃんが(←アイオリアの子供の名前。仮名)が年頃になった時、相手のご両親様に何て言ったらいいかわからないでしょっ! あなたは自分の娘が可愛くないのっっ !? 』
『しかし、聖闘士というのは、地上の平和を守る重要な……』
『それはもう聞き飽きましたっ! でも、マリちゃんは来年は幼稚園に入るのよっ。入園試験の面接に、あなた、あの恥ずかしいきんきらきんの格好で行くつもりっ !?  せめて今から背広の着こなし方くらい覚えておいてもらわないと、マリちゃんは、あなたのせいでいい幼稚園にも入れず、ろくな教育を受けることもできないで、「いいの、勉強なんかしなくても、私、聖闘士になるから」なんて言い出すことになるのよっ! そして、変なお面をつけて、太腿丸出しのあられもない格好で飛んだり跳ねたり……もう、考えただけで目眩いがするわっ !! 』 
『それは、俺だってマリには幸せになってほしいさ』
『だったら、すぐに公務員か銀行員になってちょうだいっ !! 』
『いや、そうは言っても、俺は算数ができなくて…………』

――てなことになるに違いないのである。
アイオリアの妻女が、戦闘力も小宇宙も持たない一般人だったとしても、これである。
まかり間違って彼が魔鈴などと結婚した日には、それこそ彼の命運は尽き果てることになるだろう。



「…………」
一輝は、長い間瞑目して熟考し、そうして、彼の最終結論を導き出した。

すなわち、
「沙織さん。その『ほも禁止令』は出さない方がいい」
という実に賢明な結論を、である。





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