アテナの意向に真っ向から歯向かう一輝の“結論”を、しかし、沙織は至極冷静に受け止めた(ように見えた)。
彼女は、既に結論の出た星矢・紫龍・一輝を無視する格好で、今度は氷河と瞬に尋ねたのである。

「氷河と瞬の意見はどう? あなたたちも反対なの、『ほも禁止令』」

「俺はどうでもいい」
「僕は……みんなのためになることなら反対はしませんけど……」

二人のどっちつかずの答えに慌てたのは星矢である。
否、星矢だけではなかった。表情にこそ出さなかったが、紫龍にも、そして一輝にも、二人のその答えは承服できるものではなかったのである。

なにしろ、
「おまえらがいちばん問題なんじゃないか! ほも禁止なんだぞ! おまえら、んなことになったらどーすんだよ! このチューリップ畑じゃあ、ほもなのはおまえらだけなんだからな! おまえら二人がほもで、一輝がアンチ氷河×瞬ファン、他のキャラは俺たちを含めて全員氷河×瞬ファンってのが、ここの設定だろーがっっ !!!! 」
――なのだ。

氷河×瞬ファンの星矢、紫龍はもちろん、アンチ氷河×瞬ファンの一輝とて、この世から氷河×瞬に消え失せられては困るのである。
アンチ巨人ファンが、巨人軍を失った時、自分自身の存在意義をも失ってしまうように。

「え?」
星矢の剣幕に、瞬は瞳をきょとんとさせた。
それから、首をかしげた。

「僕たち別に……」
「清いお付き合いだなんて、白々しいこと言わせねーぞ。夕べだっておんなじ部屋に引っ込んでいったくせに!」

星矢は、なにしろ、自分の存在意義がかかっている。
故に、彼は、必死だった。
ここで、氷河×瞬が否定され、氷河×瞬ファンとしての自分の存在を無意味なものにされてしまったら、彼はただの食べる壁紙か食べるGIFアニメに成り下がってしまうのだ。

「それは……」
瞬も、星矢が口にしたその事実までは否定する気はないらしい。
彼は、ぽっ☆と頬を染めてから、しかし、やはりスッとぼけたことを(星矢から見れば、である)言い募った。

「でも、僕たち、別にほもなんかじゃないし」

瞬のその言葉に、瞬の脇で氷河が頷く。

「じゃあ、何なんだよ!」
「ほもじゃないよ」

星矢の苛立ちが、その訳が、どうも瞬には通じていないらしかった。
ほもの――つまりは、自分たちの――存続の危機に気付いているのかいないのか、ひどくのんびりした口調で(星矢にはそう聞こえた)氷河と瞬は言ったのだった。

「僕、氷河が女の人だったとしても好きだもの」
「俺も瞬が女でも一向に構わんぞ」

「そ…そーゆー問題じゃないだろ! 現におまえらは両方とも男で、男同士でひっついてて、そーゆーのを世間じゃほもって言うんだよ !! 」
まさに、これは隔靴掻痒。
問題の中心にいる氷河と瞬には事の重要さがわかっておらず、星矢はそんな二人を靴を隔てて掻いている気分だった。

星矢のその焦れったさ、もどかしさ、歯痒さは、しかし、瞬にはやはり全く通じない。
「違うと思うけど……」
あくまで瞬は、自分たちがほもだということを認めようとはしなかった。

それだけならまだしも、
「あ、でも、ほもな人を否定するわけじゃないんだよ。どうしても男の人しか好きになれない男の人っていると思うし、それだって、本当に好きなのなら抑えることはできないと思うもの。好きだっていう気持ちを抑えなきゃならないなんて、とても辛いことだと思うし……。あ、やっぱり、僕、『ほも禁止令』、反対します。ほもな人たちがお気の毒ですから」
――などと、たわけたことを言い出す始末である。

「瞬……」
瞬が瞬なら、氷河も氷河。
彼は、どう見ても、瞬の“他人を”思いやる優しい言葉に感動している様子だった。


「うー……」
星矢はほとんどお手上げ状態。
暖簾に腕押し・糠に釘な二人を見捨て、彼は、仕方がないので、瞬の兄に事態の収拾を押し付けることにしたのである。

「一輝! おまえ、瞬の兄だろ! どうにかしろよ!」
「……おまえはほもなんだと、瞬に言い聞かせろとでもいうのか、この俺に」
「でも、ほもだろっ !! 」

そこまではっきりと断じられれば、一輝としては、
「違う! 瞬は断じてほもなどではないっ!」
としか答えようがない。
彼の頭の中には、とにかく『悪いのは氷河だ』という考えしかなかったのである。

「そうですよね、兄さん。僕、ほもじゃないですよね」
信頼し敬愛している兄の断言に、瞬は安心したようだった。
瞬は、実は、自分がほもでもほもでなくても、大した問題だとは思っていなかった。
が、一輝の言葉は、自分をほもだとは思っていなかった、瞬のこれまでの認識が間違いではなかったことを保障し、裏付け、そして安心させてくれる言葉ではあったのだ。

「しかし、ノーマルでも……」
「え?」
「いや、何でもない」

一輝には何も言えなかった。
愛する弟に『やっぱり、よく考えてみたら、おまえはほもだった』などという言葉を、一輝は、やはりどーしてもどーしても言うことはできなかったのである。





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