瞬の兄、頼むに足らず。

となれば、次は紫龍の出番である。
彼は、搦め手から瞬に迫ることにした。

で、紫龍曰く、
「アテナの『ほも禁止令』が正式施行されたら、瞬、おまえはもう、受けをしなくて済むようになるな。それは幸いなことかもしれん」

ほもかどうかという瞬の認識はともかくも、『ほも禁止令』が施行されれば、氷河と瞬は××することができなくなる。それは瞬にも氷河にも重大事のはずだった。
その点を指摘されれば、瞬も少しは慌てるだろうと、紫龍は考えたのである。

しかし、紫龍の発言に、瞬、答えて曰く、
「僕、受けじゃないよ」


「…………」 × 4 (何気に、含むアテナ)


『ほもじゃない』発言の次は、『受けじゃない』発言である。
これには、さすがの紫龍も目を剥いた。

「う…受けじゃないはずがないだろう。それとも、まさか、瞬、おまえ、ひ…氷河相手に、せ……攻めをしているとでもいうのか……?」

それは、氷瞬界では許されない。
たとえ精神的にどれほど瞬が上位にいようとも、身体だけは受けの立場を貫く。
それが、氷瞬界における瞬の宿命、瞬の役割、瞬の神聖なる義務なのである。

瞬に確認を入れる紫龍の声は震えていたが、瞬の声は確信に満ちていた。
「攻めでもないよ」
「ど……どっちなんだ」

「どっちでもないよ」

ここまで訳のわからないセリフを連発されると、紫龍はともかく、星矢あたりは混乱してやけになってくる。
「ご…誤魔化すなよ、瞬! 受けか攻めかはこの世界では滅茶苦茶大事なことなんだぞっ!」
星矢の喚き声は、苛立ち半分、泣き半分。
『星矢は、自身でも、自分の感情を把握しきれていなかった』に3000点。


「大事? どういうふうに?」
「ど……どーゆーふーに……って、そりゃ……」

対して、瞬は冷静である。
自信に満ちている。
彼は、自分自身を信じきっていた。

「そんなことが大事なことのはずないじゃない。それとも星矢は誰かを好きになる時、『この人は俺に攻めをさせてくれそうだから、好きになろう』だの、『この人が相手だと自分が受けになるから、好きになるのをやめよう』だのって考えるの」
「い…いや」
「でしょう? 人は、受けだの攻めだのの役割を演じるために、人を好きになるんじゃないの。そんなこと考えるのって無意味なことだよ。そんなこと考えちゃう人は、相手の人を好きなんじゃないの。受けなり攻めなりの役を演じてくれるその人を好きなの。そんな好きなら、僕はいらない」

「……瞬、しかし、それは――大抵の場合、男の好きになる相手は女だから、受けだの攻めだの考える必要がないだけで、もし、『この女が相手だと、俺は受けにされる』と思ったら、実際に引く男も……」

星矢の窮状を見兼ねた紫龍が助っ人を買って出たが、こと“愛”の問題に関して、なにしろ瞬は無敵である。

「それは、その人個人を好きじゃないからでしょ。そんなこと考える人は、受け身の女性であるその人を好きなんだよ」
「し…しかし……」

紫龍の異議を、瞬は受け付けない。
受け付けず、瞬は続けた。
“男らしく”きっぱりと。
「受けだの攻めだの考える人は、人と人とが身体を重ねることの理由を間違って考えてるんだよ!」

「…………」 × 4(含むアテナ、除く氷河)

「お……おまえはど…どう考えてるんだ……?」
紫龍はそろそろ、“愛”と××のことで瞬に逆らう気は失せ始めていた。
太刀打ちできるはずがない。
その次元のことで、瞬に勝とうなどと考える方が間違っているのだ。

「僕が氷河と一緒に眠るのは、僕が氷河を抱きしめるのが好きだからだし、氷河に抱きしめてもらうのが好きだからだよ。ただそれだけなの。受けだの攻めだの関係ないの。僕、氷河がそうしたいって言うのなら、攻めでも何でもするし、後○位だろうが○座位だろうが、何だってできるよ。そりゃ……」

滔々と東する水果てしない某中国の大河のごとくに澱みなく、とどまるところを知らないようだった瞬の演説が、初めて、その流れの勢いを失う。

瞬は少し恥ずかしそうに、
「ちょっと僕にも僕の好みはあるんだけど」
と、小さな声で、超可憐に付け足した。





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