意見が出尽くしたところで、 「というわけなんですが、沙織さん」 青銅聖闘士5人を代表して、紫龍は、先程からすっかりその存在を無視されていた沙織を振り返った。 やっと、話が振られてきたことを喜ぶかと思いきや、アテナは目いっぱいご機嫌斜めのご様子。 「さ…さっきから聞いていれば、汚れなき乙女の前で後背位の前座位のと、あなた方には羞恥心というものがないのですかっっ !! 」 まあ、沙織の怒りは至極当然ごもっとも、である。 ごもっとも、ではあったのだが。 「さ…沙織さん、伏字にしてください。恥ずかしいですから」 「伏字にする方が恥ずかしいですっ !! 」 「おっ、さすがはアテナ!」 朝昼晩三食とねぐらのことを考えた星矢が、すかさず沙織を持ち上げる。 それが、茶々にしか聞こえないところが、星矢の不幸だった。 沙織の憮然とした面持ちは少しも緩む気配がない。 慌てた紫龍が、彼もまた朝昼晩三食とねぐらのことを考えて、白々しくも話を逸らした。 「しかし、沙織さんは、何故急に『ほも禁止令』なんてものを思いついたんですか。沙織さんは、そんなにほもが嫌いだったんですか」 考えてみれば――考えてみるまでもなく――問題はそこである。 沙織が急に『ほも禁止令』を持ち出した訳。 これまで、どんな奇天烈なカップリングが出現しても、鷹揚に構え、動じることのなかった沙織の突然の豹変。 君子は豹変するものと言っても、それは、あまりにも突然な180度の方向転換ではあったのだ。 「…………」 紫龍の今更ながらな疑問に、沙織はすぐには答えなかった。 「沙織さん?」 紫龍に再度尋ねられて、沙織がひそりと重い口を開く。 「――嫌いなわけじゃないわ。それは個人の嗜好の問題だし、私だって、そんなプライベートなことにまで干渉しようとは思わないわよ。ただ……」 「そ…それはまた実に寛大な……」 紫龍は、沙織の『ほも禁止令』は、“汚れなき乙女”の潔癖さから発した考えなのだと思っていた。 だが、事実は、そうではないらしい。 だとしたら。 そうなのだとしたら。 先手必勝、機先を制する者は全てを制する。 紫龍は、まだ何か言いたげな沙織の言葉の先を素早く封じた。 「それなら話は早い」 彼は、どこからともなく一冊の同人誌を取り出して、 「これが、俺と星矢で出している氷瞬本の最新刊です。これでほもへの理解を深めてください」 そう言って、紫龍は、その本を沙織の前に差し出した。 そして、更に、 「それから、こちらが、俺が管理している氷瞬サイトのURLです。同人誌の方もネットの方も、投稿いつでもOKですから、沙織さんも是非」 と、名刺大の紙を取り出して、沙織に手渡したのである。 紫龍にそんなことをされては黙っていられない一輝が、これまた、泡を吹いて倒れる作業を中断してむくりと起きあがり、紫龍のそれと同じような一片の紙を取り出す。 「そんなサイトに行く必要はない! これが、俺が立ち上げたアンチ氷瞬サイトのURLだ。アテナは当然、俺のサイトの方に来てくれるだろう?」 龍座の聖闘士と鳳凰座の聖闘士に、右と左から突然ぬっ★と差し出された紙片を見て、沙織はその目をしばたたいた。 「ひょ……氷瞬サイトにアンチ氷瞬サイト? インターネットにそんなサイトがあったの? もしかして、インターネットって、他にも聖闘士を扱ったサイトがあったりするの?」 「え? ええ。溢れていますが……」 実際にそういうサイトを見ることはなくても、そういうサイトが存在することくらいの情報は沙織の元にも届いているだろうと、紫龍は思っていた。 が、沙織には、その話は全くの初耳だったらしい。 「な…なんてことかしら! そんなこと、ちっとも知らなかったわ! 私としたことが、監督不行き届きもいいところだわ!」 その事実を知らされた沙織には、もう後○位も○座位もどうでもいいことになってしまったらしかった。 沙織は、紫龍と一輝から、彼等の差し出した紙片を奪い取ると、そわそわと落ち着かない様子で、辺りをうろうろと熊のように歩き回り始めたのである。 「私のパソコンは――ああ、部屋の隅に追いやられてるわね。そうだったの。最近、あんまり同人誌が出ないと思っていたら、そーゆーことだったのね!」 「へ……?」 「紫龍、その氷瞬本、私持ってるわ。あのやおいシーンはもっとハードにできないの? ああ、それから、瞬にはもう少し恥じらいがあった方がいいわね」 「…………」 × 5 「そうと知ったら、『ほも禁止令』の件は無かったことにするわ。そんなもの施行して、禁じられた愛に身を焦がす聖闘士の出現を期待する必要もなさそうだし」 「…………」× 5 「そんなことになってるのなら、星矢サイトの立ち上げはアテナへの届け出制にしておけばよかったーっっ! あああ、悔しいぃぃ〜〜〜っっっ !! 」 「…………」× 5 |