が、ともかく亀に驚いてばかりもいられない。 氷河は、瞬が亀のために身を呈することより、瞬の身体が自分以外の男の腕の中にいることの方がはるかに不快だったのだ。 否、不快というより、彼は、その現実が実に不自然なことのような気がしたのだ。 怒りとも困惑とも判別し難く複雑怪奇な氷河のその視線に気付いた紫龍が、 「ああ、救急車は俺が呼ぼう。頭を打って気を失っているだけだとは思うんだが、用心に越したことはあるまい」 と、とってつけたように言って、氷河の腕に瞬を預ける。 途端に、氷河の、不自然を憤る感情は目に見えて薄れ、代わりに彼の目には憂慮の色が浮かんできた。 最近は特に、意思的な瞬の眼差しにさらされることに慣れていただけに、気を失って意思を手離している瞬は、頼りなく見えて仕方がない。 が、氷河の腕の中で、まもなく瞬のその白い頬には血の気が戻ってきた。 それに気付いた氷河の瞳にも生気の色が浮かんでくる。 「ん……」 瞬が意識を取り戻した途端に、氷河は瞬の唇に自分のそれを重ねていた。 瞬が、開きかけた瞳を閉じるのも忘れ、文字通り目を丸くして氷河のキスを受けとめる。 星矢と、エントランスホールにある電話の受話器を手にしていた紫龍は、あまりに唐突なこの展開に、半分死にかけていた。 「瞬、大丈夫か」 長いキスの後、何事もなかったかのように、氷河が瞬に尋ねる。 「あ……平気だよ」 平気なのは、身体がなのか、あるいは氷河に突然口付けられたことがなのか、実は答えた瞬にもよくわかってはいなかった。 「しかし……」 「大丈夫。大丈夫なの、自分でわかるから」 突然断りもなく瞬の唇を奪った当人は、そのことについては謝罪もしなければ、事後承諾すら求めてこない。 瞬としても、ここで、自分の身を心配してくれている相手を責めるわけにはいかなかった。 「一応、横になっていた方がいい」 救急車をよぶために電話の受話器を手にしていた紫龍が、その受話器を元の場所に戻して、言う。 それから、彼は、頭痛をこらえるような顔で氷河に告げた。 「氷河、おまえついていてやれ」 「気がきくね、紫龍」 瞬が、氷河の腕の中から、紫龍に微笑いかけてくる。 が、紫龍は、別に気をまわして氷河にそんなことを言ったわけではなかった。 紫龍は、単に、ここで無粋な真似をしでかして、氷河の報復を受けることになる事態を避けたかっただけだったのである。 |