そんな会話を交わした翌日のことだった。
その大異変が起きたのは。



「起きろー!」
妙に幼い、妙に乱暴な響きの声が、氷河の耳に飛び込んでくる。

「おなかすいたよー。ひょーが、早く起きろー」
“それ”は小さな二つの拳で氷河の頭をぽかぽか殴り、まだ眠っていたい氷河の毛布を引きはがそうとし、更には、氷河の鼻をつまんで無理やり彼の朝の惰眠を中断させた。

「瞬、どうしたんだ。俺は朝は苦手なん……」
かなりの努力をして重い瞼を開けた氷河は、そして、次の瞬間には、その瞼を閉じることを忘れてしまっていた。

朝の光の中。
昨夜、いつものように瞬と二人で眠りに就いたベッドの上に、訳のわからない物体がちょこんと座り込んでいた。
歳の頃2、3歳の、黒目がちの、片手でひょいと持ち上げられそうな、小さな小さな一人の子供が。

「な……なんだ、おまえはっ !? 」
氷河は、何故ここにそんなものが転がっているのか、事の次第が飲み込めず、弾かれるように勢いよくベッドの上に身体を起こした。


「やっと起きたー! あのね、あのね、ひょーが、僕、おなかすいたの」
氷河の驚愕も混乱も、“それ”にはどーでもいいことだったらしい。
“それ”は、夕べ氷河が脱ぎ捨てたYシャツを、雨合羽をかぶせられたカカシのように着こなして(?)、『おなかすいたー』と、自分の空腹だけを訴え続けていた。

「お……おまえは何だ !? 」
「僕、しゅんだよ。ひょーが、僕、おなかすいたの」
「しゅ……瞬って、お……おまえが?」
「そーだよ。僕、おなかすいたの」
「しゅ……瞬は――俺の瞬はどこだ !? 」
「僕、ここにいるよ。ひょーが、僕、おなかすいたの」

「…………」

まるで会話が成り立たない。
氷河は、『しゅん』と名乗るその物体に、その物体との会話に、目眩いを覚え始めていた。
その目眩いをこらえつつ、『しゅん』なる物体を観察してみると――。

髪の色、肌の色、瞳の色、唇の色。
色は確かに、彼の瞬と同じものだった。

しかし。
頬の線、鼻の線、指の線、脚の線。
その造形はまるで違っていた。
『しゅん』は、華奢でほっそりしていた瞬に比べて、全体的に丸みを帯び、ふっくらしており、瞬よりも弾力がありそうだった。

が、そんな比較はまるで無意味である。
『しゅん』と瞬では、根本的かつ決定的に、サイズが違っていたのだ!

「…………」

ただ、意地でも認めたくないことだが、その瞳が――『しゅん』のその瞳だけは、彼の瞬のそれと同じように、人が足を踏み入れたことのない静かな森の清浄な空気のように、暖かく澄みきっていた。





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