なにしろ、しゅんは、クッションを4つも重ねた椅子に座り、テーブルに並べられた朝食を前にして言うのである。
「ひょーが、おなかがすいたよー」
と。

しゅんが何を言っているのかまるで理解できない氷河が、
「食い物なら、目の前にあるだろーが。さっさと食え」
とぶっきらぼうに言うと、
「パンなんかやだ! ケーキがいい!」
とくる。

「朝っぱらからケーキだと !? 」
「うん、ケーキがいい。えとね、バナナとチョコレートの。それから、ちーずけーき!」
「…………」

氷河は、子供の我儘に腹が立った。腹は立ったが、ここでその我儘をきかずにいれば、この子供は一日中『おなかすいたー』を繰り返すに違いないと考えて、彼はしぶしぶダイニングテーブルから立ち上がったのである。

「ひょーが、どこ行くの」
「……おまえが食いたいというケーキを買いに行くんだろーが」
「どこのお店?」
「こんな早くに開いてるのはコンビニくらいのもんだ」
「やだ、僕、ちゃんとしたケーキ屋さんのケーキがいい!」
「なら、もう少し待て」
「今食べたいのー」
「無理を言うんじゃないっ!」

氷河が声を荒げると、彼に怒鳴りつけられたしゅんは、一瞬びくりと肩を震わせた。
それで少しは大人しくなるかと思ったのも束の間、次の瞬間、氷河は、空も張り裂けてしまいそうな絶叫を聞く羽目に陥ってしまったのである。

「あーん、ひょーがが怒ったーっっ !!!!  食べたいよぉー !!!!  ケーキが食べたいよぉー !!!!  ケーキじゃなきゃやだよぉーっっ !!!!!!  ひょーがのばかー !!!!  あーん、あーん、あーん(以下∞)」

それは、まさに、地獄の叫喚もかくやとばかりの凄まじさだった。
喉が潰れてしまうのではないかと心配になるくらい、それこそ命懸けで『ケーキが食べたい』を連呼するしゅんに、氷河はすっかり度肝を抜かれてしまったのである。

「こ……これが本当に……本当に、瞬なのか……?」
耳をふさぐのにも疲れ果てた氷河の呻吟は、泣き喚くのに夢中なしゅんの耳には届いた様子もなかった。


そうして、結局、しゅんは、“ちゃんとしたケーキ屋”が開店する時刻まで、泣き喚き続けたのである。

そのくせ、しゅんは、氷河が買ってきた“ちゃんとした”ケーキを一口食べるなり、
「これ苦い」
と言って脇に押しやり、最初からテーブルの上にあったトーストに山のようにイチゴジャムを盛り付けて、それをぱくぱく食べ始めた。

その理屈のない行動、究極の我儘――に、氷河は、ただただあっけにとられるばかりだったのである。





【next】