そうして、しゅんの相手をしていることが、以前ほどには辛く感じられなくなってきたある日。
城戸邸に、子供よりも無分別な大人の集団の襲撃があった。


「しゅん、どこかに隠れてろ! 絶対、外に出るんじゃないぞ!」

氷河はしゅんに、そうきつく命じて城戸邸の庭に出ていったのだが――。
分別のない子供のすることは、やはり氷河にはわからなかった。

しゅんは、氷河の後をぱたぱたと追いかけてきて、
「ばかー !!  あっち行けーっっ !!」
と、小宇宙を操る敵に向かって、庭の車道に敷き詰められた砂利を投げつけ始めたのである。

それはまるで、バッファローの大移動の群れの中に小さな蟻が紛れ込んだようものだった。

「あ……あンの馬鹿!」

予想にたがわず敵に摘みあげられ、空中で足をバタつかせているしゅんの姿を見せられて、氷河は突発性の偏頭痛に襲われた。

「わーん、ひょーがーっっ !!  恐いよぉーっっ !!!!」

はっきり言って、泣きつかれる氷河の方が泣きたい気分だった。
しゅんの身体を避けて、しゅんを摘みあげている敵の下半身を凍りつかせ、なんとかしゅんを取り戻した氷河は、その時点ですっかり戦闘意欲を失っていた。
大した力のある敵でないことは既にわかっていたので、残りの敵の始末は星矢と紫龍に任せ、氷河はしゅんの躾の方を優先させることにしたのである。


「しゅんっ !!  外に出るなと言っただろうっ! 聞こえてなかったのかっ !? 」

自分が叱られているのだという自覚は、どうやらしゅんにはないようだった。

「ひょーがをいじめちゃだめなんだもん! ひょーがが痛いの、やなんだもん!」

「俺をいじめてるのはおまえの方だろう! おまえなんかがしゃしゃり出てきたら、かえって俺たちの足手まといになるってことがわからないのかっっ !! 」

氷河の激怒も怒声の意味も、しゅんにはまるで通じていなかった。

「ひょーが、痛くないの。ひょーが、死んじゃやだ」

しゅんは、自分を怒鳴りつけている当の本人の脚にしがみついて、彼にしては控えめに、小さな肩と背中を上下させながら、しくしく泣き出してしまったのである。


「…………」

こんな子供を叱っても、詮無いことではある。
そして、しゅんの行為は、分別はないが、健気なことではあった。

「――恐かっただろう」
氷河は、怒りを乗せていた両の肩から力を抜き、その、無分別で健気な子供を抱き上げた。

「恐くないもん。平気だもん」
「泣いてるじゃないか」
「泣いてないもん。ひょーがが元気なら、僕だって元気だもん」
「なに強がり言ってるんだ」
「…………」

しゅんは、もしかすると、『強がり』という言葉の意味がわからなかったのかもしれない。
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、しゃくりあげながら、間近にある氷河の顔をしばらく見詰めていたしゅんは、突然、氷河の首筋にかじりつき、大音量で泣き叫び出した。

「ひょーがをいじめる人なんて、みんな死んじゃえばいいんだー !!  あーん、あーん、あーん(以下∞)」

「…………」

それは――それは、瞬なら決して言わない言葉だった。



我儘で無分別な子供。
大人の理屈では到底理解しきることのできない子供。
他人の都合を思い遣ることのできない、だが、決して人を愛せないわけではない小さな子供。

その我儘さと分別の無さを、まさか愛しいと感じることがあろうとは。

瞬ならば決して言わない言葉。
自分の命を奪う敵にすら、そんなことは決して言わない瞬だからこそ、氷河は瞬を好きになったはずだった。
その気持ちは、今も変わらない。

それなのに――。


おそらく、しゅんと瞬は違う生き物なのだ。
違う生き物に向ける愛情と愛し方は、やはり、違ってしかるべきなのだろう。




氷河の鼓膜も破れそうなほどの大声をあげて泣き叫び、そして泣き疲れてしまったらしい小さな生き物の髪を撫でている氷の聖闘士の側に、敵を片付けた星矢と紫龍が駆け寄ってきた。



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