その夜、しゅんは、『グリとグラ』の絵本を読み終えた氷河に、小さな声で尋ねてきた。
これまで毎日、幾度も幾度も繰り返してされてきた、ささやかな問い。

「ひょーが。ひょーがは僕を好き?」

その時初めて、氷河は真剣に考えたのである。
自分がこの我儘な子供を好きなのかどうか。

答えはすぐに出たのだが、氷河はその答えを口にするまでに少しの時間を要した。
彼は、そんな答えを答える自分が不思議だったのだ。

しゅんの、薄桃色の頬に手を添えて、低く言う。

「好きだ」

「ほんと?」
「ああ」

氷河のその答えに、しゅんは、まるで天使のように――幼い天使のように――ふわりと微笑んだ。

生まれて初めて甘いケーキを食べた――食べることのできた――子供の微笑み。

「よかった……」

自分の欲しいものがすぐ側にあると知って、しゅんは安心したのだろう。
『グリとグラ』の絵本をナイトテーブルの上に置いた氷河の胸元に、ぴたりと額を押し付けるようにして、しゅんはそのまますぐに寝入ってしまった。


微かで規則的な寝息。
まるで小さなシュークリームのように丸められたやわらかい拳。

分別も何もないはずの子供が、どれほど人の愛を欲しているものか。
泣き、叫び、喚き散らしながら、この子供が『欲しい』と訴え続けていたもの。
それを与えることが――与えられることが――これほど自分を幸福にしてくれるものだということを、氷河もまた、生まれて初めて知ったような気がしたのである。




翌朝、しゅんは、瞬に戻っていた。





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