「どこに行こう」
「どこでもいい。おまえのいるところなら」

胸元に飾られたピンクのリボンは、瞬にとても良く似合ってはいたが、真冬の風に揺れるその様は、ひどく心細げだった。
二人には、行く場所がなかったのだ。
支え合うように寄り添って立つ二人の胸は温かかったが、二人を包む周りの空気は凍えるほどに冷たかった。



そんな二人に。
いつのまに側に来ていたのか、一人の立派な紳士が声をかけてきた。

「私の施設で預かっている少女が君から無理に絵を奪い取ってきたようだ。代金を支払いたいのだが」
少しぶっきらぼうではあったが、深みのある優しい声だった。

「あれは、あの子にあげたものだ」
「いや、そうはいかない。私はあの絵が気に入ったので、後で、やはり返せなどとは言われたくないんだ」

「氷河はそんなことはしませんよ」

瞬が、背の高いその紳士を見上げ微笑む。
その微笑を見て、紳士は目を細めた。

「あの絵の天使は――私が失ってしまった弟に似ているんだ。あの絵が二束三文でやりとりされるのは我慢ならない」

紳士はそう言うと、1枚のカードを渋る氷河の手に押し付けてよこした。
紳士が口にした、カードの口座に用意されているという金額は、法外なものだった。
突き返そうとする氷河を無視する格好で、紳士が瞬に尋ねる。

「あの絵のモデルは君か?」
「似てますか、僕、弟さんに」
「ああ、そっくりだ」

永遠に失われた大切な宝物を懐かしむように、紳士は呟くように言った。
その、思い出を愛しむような眼差しに、瞬の胸が締めつけられる。

「とても……愛してらしたんですね」
「ああ。この世にあれほど美しい花は他に存在するまいと思っていた」

“瞬”は瞳を潤ませて、“シュン”の兄を見詰めた。
紳士の声音が、あまりに切ない響きを帯びていたので。

「あの……元気を出してくださいね。弟さんはきっと、神の御許で幸せに――」
「あの子が今、幸せでいることは知っている。心配はしていない」

瞬の慰めを遮ると、紳士は、聖夜の夜空を仰ぎ見た。

「邪魔をしたな。雪になりそうだ。早くどこか暖かい店に飛び込んだ方がいい。クリスマスのディナーを食いっぱぐれるぞ」

「はい」


二人は、紳士の声に押されるようにして、聖夜の雑踏の中に歩を踏み出した。
少し歩いてから、瞬がもう一度後ろを振り返る。

「ありがとうございます!」

胸許のピンクのリボンを幸福そうに揺らして、瞬がぺこりと紳士に頭を下げる。
紳士は浅く頷いて、もう二度と会うことのない少年に無言の別れを告げた。


誰もが幸福でいてほしい、聖なる夜。

座天使の長の広い肩に、今年最初の純白の雪が優しく降りてきた。






Fin.






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