「この無能が!」 氷河は、その男が嫌いだった。 その男の嫌味も侮蔑の言葉も、いつもなら聞き流していた。その男の言葉の半ば以上が、ある種の嫉妬からきているものだということもわかっていた。 しかし、今回ばかりは――今回ばかりは、その罵倒を鼻で笑うわけにもいかない。 落ち度は、完全に氷河の側にあった。 『氷河と一輝兄さんへのクリスマスのプレゼントを買いたいから、30分だけ、一人にしてくれる? 今からプレゼントの中身がわかってたらつまらないでしょう?』 瞬にそう言われ、某宝飾店のロビーで、ショーケースの方に駆けていく瞬の後ろ姿を見たのが最後。 ほんの少し目を離した隙に、瞬の姿は店内から掻き消えてしまっていたのである。 「サファイアのケースとオニキスのケースをご覧になってらっしゃいましたが、お好みのお品がなかったのか、背の高いお連れ様と寄り添って出ていかれました」 高級宝飾店で10代の少年にしか見えない瞬は目を引く客だったらしく、店員たちは瞬をよく憶えていた。 が、瞬を連れ去った男の風体に関しては全く記憶が曖昧で、『目立つ男だったが、これといった特徴はない』というのが、店の者たちの矛盾した証言だった。 そこから考えても、その男は、店員に顔を見られるのを避けていたのだとしか思えない。 入店者チェック担当の警備員が一人だけ、 「あの顔立ちはアーリア系ですよ。髪も黒く染めていたのかもしれません」 と、ますます事態を混乱させる証言を加えただけだった。 |