「この間抜けが! それでよくボディガードが務まるな! よく一人でのこのこ戻って来れたもんだ!」

「…………」

「瞬が甘やかすから、こんなことになる! だいたい、貴様、瞬と寝る以外にどんな仕事をしているというんだ? 貴様はヒモと同じだ!」

いつもなら、ここで嫌味たらしく笑い、
「それも立派な仕事だろうが」
の一言くらいは言い返す氷河だったのだが、今日はそれもできない。

実際には氷河はボディガードとして瞬に付いているだけではなく、コンピュータの操作くらいは手伝っていたし、暇を見ては瞬に護身術を教えたりもしていた。
それなりに仕事はこなしていたのだが、とにかく今日は分が悪かった。

「瞬には発信機が付けられていたはずだ」
「ああ、超マイクロチップのな。貴様よりは余程役に立つ代物だ。今、財団本部のセキュリティ担当部署の者に追わせている!」

瞬が行方不明になったとの報を受けて、グラード財団出資のゲノム・ラボトリーに飛んできた、財団の企画本部の責任者は、当然のように所長室を陣取り、全くの畑違いであるにも関わらず、ラボ内を我が物顔で取り仕切っている。
所長の兄とはいえ越権行為ではないのかと、氷河はムカついていたのだが、所員が彼の命に服することに慣れてしまっているのだから、それも致し方なかった。
財団内に席を置くわけでもなく、瞬個人に身辺警護の名目で雇われている身の氷河には、彼に意見を言う権利も義務も持ってはいなかったのだ。



一輝の嫌味に不快になりながら、それでも氷河は一輝のいる部屋で――つまりは、本来瞬の部屋である所長室で――自分の憤りを表に出すことを抑えながら、無言で待っていた。瞬の身体に埋め込まれた発信機――の追跡報告は、どうせこの部外者の許に届けられるのである。不快ではあったが、一秒でも早く瞬の居所を知ろうと思ったら、やはり氷河はその場から動くわけにはいかなかったのだ。

「本部長!」
そこに、部外者の指示に従うことに慣れきっている所員が一人、室内に飛び込んでくる。
彼は、少しばかり取り乱した様子で、一通の封筒を一輝の前に差し出した。

「口頭で『所長から火急の用だ』と伝えるようにと、依頼主から頼まれたものだそうです。先ほど、バイク便で届けられました。金属探知機でのチェックは済んでいます」

瞬の兄に手渡されたそれは、薄い藤色のB6版サイズの封筒だった。
一輝が、瞬のデスクの抽斗から捜しもせずに取り出したペーパーナイフでその封を切る。
中には、2Lサイズの写真が1枚だけ入っていた。
一輝は、表情を強張らせながら、その写真をデスク上のライトにかざし、それから、
「電波発信機もモータリティ・センサーも役立ちそうにないな」
と言って、その写真を氷河の方に投げてよこした。

「…… !! 」

一輝のぞんざいな所作を不愉快に思う余裕もなく、氷河はその写真に素早く視線を走らせたのである。

そこに写っていたのは。

左の腕で顔の半ばを隠すような格好で、ベッドにうつ伏せになっている瞬の――全裸の姿態だった。
おそらく左腕をはっきりと写すために、そういう体勢をとらされたに違いない。
瞬は意識のない状態のようだったが、発信機が埋め込まれていたはずの左の上腕が写っている部分に、針で刺したほどの小さな穴が穿たれていた。



氷河は、蒼白になった。





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