瞬は、氷河から提供された曲を、初めてCDジャケットに自分の写真を使わずに市場に出した。 瞬の写真のないマキシシングルの売上は、これまでのものとは売れ方が違っていた。 瞬の出すCDの従来の売れ方は、発売日から1週間のうちに数十万枚をセールスし、百万枚の大台に乗ったあたりでぴたりと売れ行きが悪くなるのが常だった。 が、『春』は、従来の購買層が、そこに瞬の“顔”がないのなら買う必要がないと思ったのか、あるいはそれが瞬のCDと気付かなかったのか、当初の売れ行きペースはこれまでの3分の1程度だった。 だが、曲の提供者のネームバリューと、ちょうどその時期に来日していた某国の交響管弦楽団の常任指揮者が新聞のインタビューで瞬のCDに言及したのがきっかけで、その売上は尻上がりに伸びていった。 その購入者は、従来の購買層を取り込んだわけではなかったのだが、結局発売から1年後には、それまでの瞬のCD売上のレコードを更新することになったのである。 コンサートの客層にも少々の変化があった。 当然、瞬の評価もそれまでとは違ったものになっていった。 それでも、「『春』は曲自体の出来がいいだけだ」と言う評論家もいないではなかった。 が、国際的に名の売れた某女流ピアニストがその曲を演奏会で弾く許可を氷河に求めたところ、『あの曲を瞬以外の誰かが弾くことは許さない』と、氷河が対外的に公言するという出来事が起き、結局はそれがまた付加価値を生んで、『春』の売上は更に伸びていったのである。 氷河が、『春』を弾くことを許したただ一人のピアニスト。 その一事だけでも、瞬を見る周囲の目は変わっていった。 |