氷河と瞬の顔合わせを済ませると、紫龍は席を暖める間もなく屋敷を辞していった。
ヘルシンキで某国立交響管弦楽団の演奏会があって、その初日を聴いてくるということだった。

もともと1週間滞在する予定ではあったのだが、瞬は、その間ずっと紫龍も共に滞在してくれるものと思い込んでいた。慌しい紫龍の予定を聞かされ、今日初めて出会った他人と広い屋敷に残される不安で、瞬は心細さを打ち消してしまうことができなかった。

「堅苦しく考えずに、ここを自分の家だと思って、自由に振舞っていていいんだ。氷河は君のピアノにぞっこんだから、多少羽目を外すようなことがあっても、大目に見てくれるさ」
彼は笑って、そう言い残して行ったのだけれども。


紫龍を見送ると、氷河は使用人にお茶の準備を命じて、瞬を客間に案内した。
まるで見えているように躊躇のないその足取りに、瞬はかえって不安になってしまったのである。

「あ…あの、大丈夫なんですか、……目」
「家の中なら、見えていた時の方が、今より不案内だったくらいだ」 

笑ってそう言うと、氷河は瞬のために客間のドアを開けてくれた。





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