瞬に対して、氷河は悪感情を持つことはできなかった。
が、それと業務とは全く別次元での問題である。
瞬でなくても、就任したばかりで業務内容の把握ができていない役員には、とりあえず業務内容の勉強でもしていてもらうことしかできない。
部長決済で収まらない額の決済の承認と、業績報告等の定例会議のお飾り。
瞬の当面の仕事はそれだけということになりそうだった。

いずれにしても瞬は、常務室という、社員たちとは直接接することのない個室に隔離されている状態なのである。
これで、瞬の幼さや自信の無さを社員の目にさらすことは避けられるに違いない――氷河は、そう思うことで自分の心を安んじさせた。


最も危険な局面は、瞬の出席が避けられない定例会議だったのだが、その場でも、瞬は素直に報告を聞いてるだけで、時々鋭い質問を投げかけることはあったが、社員からの意見をそのまま受け入れるのが常だった。

それどころか、会議を2、3度経験すると、瞬は、唯一自分の立場を誇示できる会議の縮減を提案してきたのである。
「会議の回数を減らしませんか? 社内メールで済む報告が多いようですし、そうすれば議事録を取る必要もなくなりますから。これからは、実際に会議室に集まるのは、10億以上の予算申請が必要な規模のプロジェクトのレビューと方針決定会議の時だけにしましょう」

その合理的な決定に、氷河は少し瞬を見直したのだが、他の部課長の評価と反応は、氷河のそれとは全く異なっていた。


「敵は、醜態をさらす機会を少しでも減らそうと必死のようですね。あれならいてもいなくても同じだ」
「大きなヘマもしない代わりに、余計な口出しもしなさそうだ」
「しないというより、できないんでしょう」
「違いない」

「…………」

視点が違うと、同じ事柄の評価もここまで正反対のものになる。
瞬がどういうつもりで会議の縮減を提案したのかについては、氷河も瞬に確かめてはいなかったが、現実にそれは、社員にも会社にも有益で理に適った決定である。
それを、部課長たちのこの評価。


「霧谷部長が部長職に抜擢された時には、財務本部の大改革が断行されたものでしたが、あの常務は全くの無能のようだ」 
「取引先には受けてますよ。特に外資企業のエグゼクティブオフィサーには大好評のようで、常務就任の挨拶に来た客たちが、揃いも揃って上機嫌で帰って行きました」
「受けるの意味合いが違うんでしょう。可愛い子供だと思われてるんですよ」
「グラード・ファイナンシャル・プランニング社の常務があれとはね。まったく情けない話だ」

彼等は、瞬から何らかの被害を被ったわけではない。むしろ瞬は社のためになることをしかしていない。
だというのに――。

瞬を貶める中間管理職たちの言葉に、氷河は腹立ちを抑えることができなかった。





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