やっと素直になってくれた氷河が病院からの脱走者なのだということを思い出して、瞬は慌てて彼の顔を覗き込んだ。 「大丈夫なの?」 「ああ」 「でも、頭を打ったんでしょう? ちゃんと診てもらわないと危ないよ」 「俺の頭は最初からおかしいからな。おまえに会うまでは、もう少しマトモだったんだが」 「…………」 そういう冗談が言えるくらいなら、確かに氷河の“おかしさ”の程度は以前と変わっていないようである。 瞬はほっと安堵の息を洩らした。 「……もう、無理しないで。特別なことなんかしなくていいの。普通にしてて。僕には、それがいちばんのプレゼントなんだから」 「ああ」 「ほんと……?」 やっと素直になってくれたと思ったら、今度は素直に過ぎるきらいが見える。 疑わしげな目つきになった瞬に、氷河は僅かに苦笑した。 「約束する」 氷河とて、瞬に意地を張っても無駄なのだということは、最初からわかっていたのである。 瞬が、勝つことにも負けることにも、守ることにも守られることにも、受けることにも与えることにも頓着しない自然体で生きている人間である限り。 自分がそんな瞬を必要としている限り。 そして、自分が瞬の側にいたいと願う限りは。 それでも、氷河は自分が瞬のために何かをしたかった。 否、自分が瞬のために何かをしていることを実感したかったのである。 (それは、結局、瞬のためじゃなく、自分自身のためだったんだろうな……) 気負わず自然にしていてほしいというのが瞬の願いなのなら、それを叶えることこそが、“瞬のために”何かをするということなのだろう。 氷河は素直に自然になることにした。 「うん。なら、部屋の中入れてあげる」 「ついでに寝る場所も提供してくれ」 「……ほんとに大丈夫なの」 「頭以外は、どこも並み以上だ」 自慢げに氷河は断言したが、それは決して自慢できるようなことではない。 だが、たった今、一つ大人になったばかりのジュリエットは、寛大にも、馬鹿げた自慢をする男に自室に入る許可を与えたのだった。 ――それがまずかった。 |