さて、その頃、国内を放浪中の一輝は、日本が世界に誇る観光都市・奈良の大仏殿にいた。 奈良の大仏がでででででーん☆と鎮座ましましている、巨大な建造物である。

そして、そこで、彼は思いがけない人物との再会を果たしたのである。

ここまでストーリーが進んだら、既に『言わずと知れた』ことであろう。
そう、一輝の再会した相手、それはもちろん、乙女座バルゴの黄金聖闘士・シャカである。

黄金聖衣を脱ぎ捨てた彼が身に着けているものは、モノトーンの袈裟。
手にしているのは、竹ボウキとチリトリ。
さすがにあの長い金髪を剃るようなことはしていなかったが、たとえ剃髪していたとしても、そのコスチュームが彼に似合うことはなかっただろう。

思ってもいなかった再会にあっけにとられている一輝に向かって、乙女座の黄金聖闘士は、挨拶もそこそこに愚痴を零しだした。

「日本人観光客だけかと思ったら、外国人も大して変わらん! この神聖な大仏殿に、キャラメルの包み紙だのチョコレートのかけらだのをポイポイ捨てて行くんだからな! おかげでリリィちゃんが元気なこと、呆れるほどだ!」

ぶつぶつそう言いながら、竹ボウキで辺りをせかせかと掃いてまわり、リリィちゃんの姿を発見するや、即座に光速の拳をお見舞いする乙女座の黄金聖闘士。

「一輝! まさか、貴様まで、ポケットに飴など忍ばせてはいまいな。これ以上リリィちゃんを増殖させるようなことをしでかしたら、同じ聖闘士と言えども、私は容赦はしないぞ!」

「…………」

一輝は耐えたのである。
必死になって、渾身の力を振り絞って耐えた。
ただ一言だけでも言葉を発してしまったら耐え続けることは不可能だと悟り、シャカの問い質しには無言で首を横に振って、耐えに耐えた。

88人の聖闘士の頂点に立つ黄金聖闘士。
その中でも、『最も神に近い男』と称されていた(称する方もどうかと思うが)乙女座の黄金聖闘士の見るも無残なその姿。

右手に竹ボウキ。
左手にチリトリ。
彼の相対する敵は人類最大の脅威。

哀れとしか言いようのないその姿。
涙なしに正視できるものではない。

一輝は、竹ボウキで広い大仏殿をしゃかしゃかと掃いてまわっている男から、ついと目を逸らした。
苦悶の表情をシャカに見てとられないように顔を伏せ、なんとか声を――沈痛な声を――発する。

「……頑張ってくれ」
それだけ言うのが、一輝には精一杯だったのである。
落ちぶれ果てたかつての闘士に、それ以外、どんな言葉がかけられただろう。

一輝は、必死の思いで告げたその激励の言葉だけを残し、足早に大仏殿を出たのである。
大仏殿の外に出た一輝を、悲しいほど明るい陽光が迎えてくれた。

天を仰ぎ、澄んだ青空に目を細め、そして、一輝は――耐え切れずに噴き出した。

「ぶわーっはははははははははは×∞ !!!!!!! 」

一度堰を切ってしまった爆笑は、どうにもこうにも止まらない。
周囲の観光客の奇異の視線も、この際、気にしてはいられなかった。

おかしいのである。
笑わずにいられないのである。

十二宮戦では散々格好をつけて勿体ぶり、なかなかその目を開こうとせず、これでもかと言わんばかりに一輝をいたぶってくれた黄金聖闘士の今の姿が。
長い金髪をなびかせて、竹ボウキとチリトリを持ち、レレレのおじさんよろしく、シャカシャカ掃除をしてまわっているシャカの有り様が。

「ふ……ふはははははははは !!!! 」

一つ山を越えたかと思うだに、新たに湧き起こってくる大爆笑。
なんとか収まったかと思うそばから、またしても『ふはははは』。


これほどまでに有り難く、ご利益のありそうなアトラクションを見ることができるのなら、明日もぜひここに来よう――。


そう考えながら、一輝は上機嫌で山門を後にしたのだった。





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