「瞬、起きたのか?」 「氷河……」 約束の日、瞬が目覚めたのは、いつもより3時間も遅かった。 兄を信じながらも不安がる瞬を、俺は明け方近くまで眠らせなかったから。 結局、一輝は約束の日に帰ってこなかった。 約束の日はまだ半分以上残っていたが、一輝が今日瞬の許にやってこないことが俺にはわかっていた。 瞬もそれは察しているのだろう。 陽射しの加減からして、時刻はもう昼近い。 一輝が帰ってくるのなら、それはもっと早い時刻のはずなのだ。 寂しそうに瞼を伏せる瞬の髪に、俺は指を絡ませていった。 「一輝が戻ってこないくらいのことで、そんな顔をするな。おまえにプレゼントがある」 「プレゼント?」 「そこにあるものが見えないのか」 「え……?」 俺は、ベッドの脇のナイトテーブルを視線で示した。 瞬が、“それ”に気付いて、弾かれたようにベッドの上に上体を起こす。 今更俺に何を見られても焦る必要などないと思うのだが、瞬は“それ”を抱きしめると、再び慌てて、ベッドの中に潜り込んでしまった。 「氷河、これ……」 「欲しかったんだろ?」 「でも、これは……」 「池袋たれくまや限定発売200個限り。発売日の今日、朝4時には並ばないと手に入らないだろうと前評判の高かった、“2001年 師走直前小忙し たれくまヌイグルミ・背番号11”だ」 星矢に聞くまで、瞬がそんなものをコレクトしていたことに、実は俺は気付いてもいなかった。 「……どうして」 まして、瞬が限定物のたれくま商品が発売になるたびに、その購入を兄・一輝に頼んでいたことなど、知る由もなかった。 「並んだのさ、女の子ばかりのたれくまらーの列に。恥ずかしくて死ぬかと思ったが、おまえのためだ」 「だって、氷河は、いつも……」 全長50センチほどの、寝ぼけているとしか言いようのない顔をしたクマのヌイグルミを抱きしめたまま、瞬は俺の目を覗き込んできた。 「氷河はいつも夜は遅くまでむにゃむにゃだし、朝も必ず1回は僕にちょっかい出したがるから、朝4時起きの行列に並ぶなんてとても無理だと……」 「そうだな。だから、朝の1回はこれから、おまえにもらうつもりだ」 「あ……」 一瞬ぽっ☆ と頬を染めた瞬は、寝ぼけたクマのヌイグルミにその頬を押しつけるようにして、恥ずかしそうに睫を伏せた。 「せ……星矢は早起きなんかできないし、紫龍は中国人みたいな顔してるくせに恥の文化を背負った生粋の日本人だから、たれくまらーの列に並ぶなんて死んでもできないと思うし、氷河は僕との××で毎晩とりこんでるし、僕は氷河の相手しなきゃならないし、僕にたれくま11号を買ってきてくれるのは兄さんしか……兄さんしかいないと思っていたのに……」 諦めかけていたたれくま11号を抱きしめることができた瞬の声は、感激のために震えている。 俺は、たれくまごと瞬の肩を抱き寄せた。 「ふっ、まあ、これは愛の奇跡というか、何というか」 「あ…ありがとう、氷河……。大変だったでしょう」 「なに、あれくらい、おまえの喜ぶ顔が見られるんだと思えば」 「氷河……」 瞬の瞳には、感動の涙が滲んでいた。 「氷河、ありがとう……! 氷河は僕のために……僕でさえ、恥ずかしくてとてもできないって思って、兄さんでなきゃ無理だと思ってたことをしてくれたんだね……。ありがとう、氷河! 氷河、大好き!」 「瞬……」 瞬に、たれくま11号をもたらすことのできる唯一の男、一輝。 瞬のためになら、恥も外聞もプライドも捨てることのできる男。 だが、俺はついに、瞬の心の中から、一輝の影を追い払うことができたんだ。 瞬のために、恥と外聞とプライドを捨てることによって。 |