「あーあ」
あまり驚いたふうもなく、むしろ予想通りという顔で、星矢が目の前で閉じられたドアを眺めやる。

「氷河ったら、何をする気なの!」
沙織は非難めいた声をあげたが、星矢には、そして紫龍にも、女神の言に同調する気配は全くない。
星矢は、鼻の頭をこすりながら、紫龍と視線を見交わした。

「ドアに鍵をかけて二人きりで閉じこもってすることったら、そりゃあ……。なんたって、氷河はスティグマだから」
「スケベだから、だろう」
「あ、そうだっけ」

「わ……笑い事じゃないわ!」

沙織は実に寛大な女神である。
大人物と言ってもいい。
『そういうプライベートなところにまで干渉するつもりはないわ』
の一言で、アテナの聖闘士たちがどういう種類の恋愛に耽溺(?)していても、顔色ひとつ変えず、むしろ、闘いだけの日々の中でそういう相手に巡り会えたことを祝福しさえしてきた。

聖闘士が聖闘士になった時から、沙織が彼等に与えることができたのは、敵と心休まることのない闘いだけだった。それ故、沙織は――沙織こそが――その胸に大きな罪悪感を抱いていたのである。闘いの絶えた今こそ、聖闘士たちの命と安全と安寧を守るのは自分の務めだと、沙織は思っていた。

沙織のそんな気持ちを――聖闘士たちへの母のような思いを――知っているから、紫龍は、孝行息子の顔をして、沙織に告げたのである。
「……瞬は神経がまいっているだけで、狂っているわけではないんでしょう?」
「え…ええ」
「なら、大丈夫でしょう。氷河が何とかします。どこぞの医者なんかより、氷河の方がずっと瞬のことを知っている」

「そーそー。瞬に狂ってるのは氷河の方なんだから、もし入院させるなら氷河の方だぜ」
星矢の、どこか間延びした声と言葉に紫龍が頷く。

「そんな……」
闘いと、その結果がもたらす辛さと苦しさを誰よりも知っているはずの二人の呑気なやりとりに、沙織は不安げに眉を曇らせた。

そしてまた彼女は、瞬と氷河の戦友たちの呑気な予測が、医師や女神のものより確かであってくれたなら――と、祈らずにはいられなかったのである。






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