瞬は、氷河の寝台に横になり、その瞼を閉じていた。
もともと自分の周りに物を置くのが嫌いな氷河の部屋はひどく殺風景だった。瞬が持ち込んだ小物や花がなかったら、病室と大して変わりはなかっただろう。
そんな部屋のベッドの上に瞬がいた。
細い腕を、白い寝具の上に力無く投げ出すようにして。

「瞬」
瞬は眠っていたわけではなかったらしい。
氷河に名を呼ばれるとすぐに、少しばかり辛そうに青白い瞼を開け、その目許に弱々しい微笑を浮かべた。

「氷河、ごめんね、びっくりさせたでしょう」

瞬の枕許に立ち、氷河はしばらく無言で瞬を見おろしていた。
それから、何を思ったか、彼はふいに身体を屈め、ベッドに仰臥したままの瞬の唇に唇を重ねた。
その唇を離さずに、毛布の上にあった瞬の手を取る。

途端に固く全身を強張らせた瞬に、互いの唇の熱が伝わるほどの距離で、氷河は囁くように尋ねた。
「何を恐がっている」

一瞬のためらいの後、瞬から返ってきた答えはひどく悲しいものだった。
「僕の手は穢れてるの。血で汚れているの」
「だから、その手で俺に触れることはできないが、俺には触れて欲しいのか」

瞬の手を掴んだ左の手はそのままに、氷河はもう一方の手を伸ばし、瞬の首筋から肩へと続く線をその指でなぞった。
ぴくりと身体を震わせて、瞬が目を閉じる。
すっかり氷河の指先に馴らされた身体は、氷河に触れられるだけでいつものしなやかさを取り戻しかけていた。

「おまえが毎晩俺に抱かれに来たのも、“びっくりするようなこと”を受け入れてくれたのも、それで一時的に自分の穢れを忘れるためだったのか」
「一人では……眠れなかったの……。色々なことを考えてしまって。氷河は……忘れさせてくれたから」
「…………」

だから、氷河は気付かずにいた。
もっと早く気付くべきだったことに。

「おまえは知っているか。俺の手も血にまみれている」
「…………」
瞬はそれには答えなかった。
答えられなかったのだろう。
瞬は、氷河の――自分以外の人間の――穢れは認めたくなかったのかもしれなかった。

「俺に触れられるのは嫌いか」
氷河の指が、今度は瞬の唇をなぞる。

その感触をすべて感じ尽くそうとするかのように目を閉じた瞬のその唇が、ためらように、
「好き……」
と答えた。






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