シュンがヒョウガと共に故国を後にしたのは、兄の処刑から数ヶ月後のことだった。 革命の嵐は、既にフランスから立ち去りかけていた。 フランス全土とその国民の上に、無残な傷跡を残して――。 ヒョウガの故国へ向かう途中、パリの街を見下ろせる丘に、シュンは馬車を止めさせた。 馬車から降り、眼下に広がる街を一望する。 「フランスはこれからどうなるの。兄さんたちのしたことは無意味だったの」 兄が命を懸けてまで成し遂げようとした革命は水泡に帰した。 革命の終焉を知った亡命貴族たちは、自分たちの特権を取り戻そうと続々と帰国し始めている。 シュンは、兄とフランス国民のしたことが無意味だったとは思いたくはなかった。 「革命の影響はヨーロッパ全土に及んだ。王制支配を強めた国もあれば、共和制に傾きだした国もある。一見、この革命は失敗したように見えるが、それはフランスが性急に走り過ぎ、理想に走り過ぎただけのことだ。世界は確かに変わったんだ。無意味なはずはない」 自分を縛るものがなくなった途端に故国を見捨てるようだという思いを捨てきれずにいるらしいシュンを気遣って、ヒョウガはシュンの肩を抱き寄せた。 「フランスの変化はこれからも世界を動かす。離れるわけじゃない。逃げるわけでもない」 「うん……。自分で決めたことだから、後悔してるわけじゃないの。ヒョウガには、僕の我儘で故国を5年も留守にさせて、辛い生活をさせたんだから」 「フランス滞在はいい勉強になった。おかげで庶民の生活を知ることもできたしな。ロシアの農奴制も見直すべき時を迎えていることが身にしみてわかった」 欧州列国の中で、ロシアは最も反革命の立場を鮮明にしていた。 その国に帰ろうとしているヒョウガに、その思想は危険なものなのかもしれない。 しかし、シュンには不安はなかった。 これから向かう国で、ヒョウガがどんな立場に立つことになっても、愛に飢えることさえなければ人は豊かな気持ちで生き抜けることを、シュンもまたこの革命の嵐の中で知ったのだ。 「それに――俺は自分の幸せのためにフランスに残ったんだ。俺が安らげる国はおまえのいるところだ。おまえがフランスにいる間、俺の故国はあの街だった」 「……僕の故国もそうだよ」 ヒョウガの胸に身体を預けるようにしてそう呟き、シュンは、二度と再び見ることはないかもしれない故国の都の姿を、まるで瞳に焼きつけようとでもするかのようにるように強い視線で、いつまでも見詰めていた。 パリの総裁政府が、未来のフランス皇帝を国内軍総司令官に任命した年の秋のことである。 Fin.
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