氷河が一輝のいるグラード財団の本部ビルに赴いたのは、それから数日後のことだった。
本当のことを言えば、あの嫌味な男の許へなど行きたくはなかった。
が、不様としか言いようのないあの事態に収拾をつけてもらった礼を言っておかなければ、瞬の兄に借りを作ってしまったようで、どうにも落ち着かない。

それに、氷河は、一輝がアイザックをどう処置したのかも気になったのだ。

アポイントメントも取らずに出掛けていった氷河が一輝との面会を許されたのは、多分に彼の機嫌が良かったからだったろう。でなければ、瞬の兄は『多忙』を理由に氷河を追い返していたに違いなかった。

嫌そうにあの場からの救出の礼を言いかけた氷河を遮った一輝は、最初は不機嫌そうだった。
もっとも氷河は、一輝の機嫌のいい顔など見たこともなかったから、そんなことは別にどうとも思わなかったが。
この男ににこやかに話しかけられでもしたら、それこそ怖気を覚える。

「俺が助けに行ったのは貴様ではなく瞬の方だ。言いたくもない礼は言わなくていい。俺も聞きたくはないからな。貴様が知りたいのは、あの隻眼の男の処置の方だろう」

言いたくもない礼を言いに来た男の立場を立てる素振りも見せない一輝に、氷河もまたすぐに礼を言う気を失った。
「……わかってるなら、さっさと言え」

氷河のその言葉に、一輝が突然“にこやか”になる。
氷河はもちろん、怖気を覚えた。

「ああ、あれはえらく愉快な男だな。貴様から瞬を奪い取ってやると息巻いていた」
「なに… !? 」

氷河には一輝の告げた言葉の意味を理解しきれない一瞬間があった。
次に、それが、アイザックの見い出した、裏切り者を傷付ける方法なのだろうと思った。
そして、最後に、以前の組織にいた頃、自分とアイザックの気が合っていた訳に思い至った。

アイザックと自分は、好みが似ているのだ。

「…………」

つまりはそういうことである。


「面白そうだったから、解放してやった」

一輝がそう言って、実に楽しそうな――氷河にとっては嫌味この上ない――笑い声をあげる。


この男が、あの瞬と同じ遺伝子から出来ているモノだということが、氷河には到底信じられなかった。






Fin.







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