しゅん王子が生まれた時、王子の許にやってきたのは、幸福の妖精でした。

銀色に輝く美しい妖精は、涙でいっぱいのしゅん王子のやわらかい頬に、優しい手で触れながら、
『私が、この可愛らしい王子に最高の幸せを約束しましょう』
と言いました。

そして、しゅん王子の小さな小さな手に、一粒の花の種を握らせたのです。
『王子が幸せになりたいと思った時、この種を陸でも海でもないところに植えて、自分の求める幸福を思い描きながら、大切に育てなさい。幸福の花が咲いた時、王子の願った幸福が神の意に逆らうものでない限り、その願いは必ず叶えられるでしょう』

そう告げると、とても幸福そうな微笑みを残して、しゅん王子の妖精はその場から消えていったのだそうです。


もちろん、これは、その時しゅん王子をその胸に抱いていたお母様から、後になってしゅん王子が聞いた話。

3つになったしゅん王子が、優しいお母様に、
「お母様、僕の妖精はどんな妖精だったの? お兄様みたいに、勇武の妖精だったのかしら」
と尋ねた時に教えてもらったお話です。

「しゅんは本当に幸運な子よ。幸福の妖精なんて、そうそう来てくれるものじゃないの。大抵の人間は、妖精にもらった知恵や勇気を使って、幸福になるために努力しなきゃならないのに」

そう言って嬉しそうに微笑んだお母様の言葉の意味が、その時のしゅん王子にはあまりよく理解できませんでした。

どうしてって、しゅん王子は生まれた時からずっと“幸せでいること”が普通だったからです。
平和な国、美しいお城、優しいお父様、お母様、お兄様。
素直で優しいしゅん王子は誰からも愛されて、何不自由のない毎日を過ごしていました。
誰もがしゅん王子を幸せな王子様だと言います。

昨日も幸せでした。
今日も幸せです。
明日も、昨日や今日と同じように幸せなのだとしたら、そのことを『とっても幸せ』と思うことなどできるわけがありません。


いずれにしても、しゅん王子が生まれてから十数年の間、妖精のくれた花の種は全く出番がありませんでした。






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