「僕は……どうしたの?」 「嵐に遭って、船から投げ出されたのです。ともかく、ご無事で良かった」 彼はずっとしゅん王子の様子を気にかけてくれていたようでした。 もしかしたら、昨夜は一睡もしていないのかもしれません。 しゅん王子は砂浜に身体を起こして、ひょうがに尋ねました。 「あなたも同じ船に乗ってらしたの? じゃあ、まさか、あのあと、あの船は……」 しゅん王子は、自分が一人でこの砂浜に流れ着いたのではないということを知り、逆に不安になってしまったのです。 しゅん王子が海に投げ出された後、船が転覆し、あの船に乗っていた他の人たちもまた嵐の海に呑み込まれてしまったのではないかと。 しかし、ひょうがは、そんなしゅん王子に、左右に首を振ってみせました。 「船は無事だと思います」 「だったら、何故あなたはここにいるの。あなたも船から投げ出されたの」 「私は……」 言葉をためらうひょうがの様子を見て、しゅん王子はまた不安になりました。 ひょうがが大人になりきれていない自分にショックを与えないように、嘘をついてくれているのかもしれない――と、しゅん王子は思ったのです。 「ほんとのことを言って!」 泣きそうな瞳ですがってくるしゅん王子に、ひょうがは告げるのをためらっていた言葉の続きを紡ぎだしました。 「私は王子を救おうとして、自分から海に飛び込んだのです。ですから、船も他の乗客の方々もご無事だと思います。王子のご心配なさるようなことはありますまい」 「え……あの……?」 しゅん王子は、ひょうがのその言葉を聞いて、安心すると同時にとても驚きました。 夜の海。 たとえ穏やかに凪いでいたとしても、屈強な船乗りでも、飛び込むのを躊躇するだろう暗い夜の海。 その危険な海に、ほとんど会話すら交したことのない――いわば、赤の他人が、しかも、海には慣れていないはずの身で、自ら飛び込んだというのです。 「どうして、あの危険な海に自分から飛び込んだりなんか……」 「王子をお救いしたかったからです」 ひょうがの言葉は端的に過ぎて、しゅん王子にはすぐには理解しきることができませんでした。 しゅん王子には、自分が彼にとって命を懸けるほど価値のあるものだとは思えなかったのです。 これが、国を治める父王や、いずれその後を継ぐ兄を救おうとした――というのであれば、わからないこともなかったのですが。 「あ……ありがとう。ごめんなさい、僕のせいで」 「いいえ、私が船まで泳ぎ着ければよかったのですが……」 そんなしゅん王子の戸惑いに気付いているのかいないのか、ひょうがは恩を着せようとするような素振りすらなく、本当に済まなさそうにそう言って、僅かに顔を伏せました。 憂いを湛えた端正な横顔に、しゅん王子はほんの一瞬みとれてしまったのです。 それは、しゅん王子の大好きな春の花とは違う、まるで石に刻み込まれた彫像のようでした。 見ようによっては冷たく感じられるほど整った面立ちの、ちゃんとした大人の人が、しゅん王子のためにその綺麗な顔を辛そうに歪めているのです。 しゅん王子は、自分の胸が一瞬きゅっと竦んだような気がしました。 「あ……こ…ここはどこ?」 生まれて初めて感じる奇妙な気持ちを抑えながら、しゅん王子はひょうがに尋ねました。 「無人島のようです。場所は……かなり流されたようなのではっきりとは言えませんが、お国の海よりは南方にある島のようですね」 「どこか近くに、人のいる島はないかしら」 「どうでしょう。この島は人の生活に役立つ樹木が多い。もし近隣に人の住む島があるのなら、有効利用を考える者がいてもいいと思うのですが、この島には人の訪れた気配が全くない」 ひょうがの言葉を聞いたしゅん王子は、思わずしょんぼりしてしまいました。 でも、もしかしたらもう優しいお母様たちに会うことができないかもしれないという話を聞かされたというのに、『しょんぼりする』だけで済んだのはおかしなことです。 しゅん王子は、そんな自分を訝りましたが、理由はすぐにわかりました。 「いずれにしても、今は、この島を出る算段より、今日を生き延びる術を探すことの方を優先させるべきでしょう」 「そ…そうですね」 それは、しゅん王子が、この島にひとりぽっちで流れ着いたのではなかったから。 しゅん王子が孤独ではなかったからでした。 |