ひょうがはしゅん王子のために何でもしてくれました。
造園を生業にしているだけあって、ひょうがは自然のものを巧みに利用する術を心得ていたのです。

そこは、幸い、緑豊かな島でした。
ひょうがは、しゅん王子のために、夜露をしのげる家――というより、小屋のようなものでしたが、無人島で贅沢は言えません――を作り、蔓を編んだハンモックを作ってくれました。
食べられる果実を探し出し、海からは魚や貝を獲ってきてくれました。
彼は、硬い木を使って器用に火を起こし、海水を真水にする方法も知っていました。



彼は本当に何でもできました。
そして、しゅん王子は何もできませんでした。

それなのに。
何の役にも立たないしゅん王子に、ひょうがは、それでも恭しく接してくれました。
身分も地位も何もない島で、知恵も力もないしゅん王子を、ひょうがはそれはそれは大切にしてくれたのです。
まるで、強い風を受けでもしたら、すぐにも地に倒れ伏してしまうようなか弱い花を守るように。


お父様のお城にいた時には当然とも思っていた他人からの奉仕。
自分に与えられる食べ物や数々の道具が、自分の前に運ばれてくるまでにどれほどの手間と時間を要するものなのかを初めて知ったしゅん王子は、自分の無力が恥ずかしく、それ以上に、とてもとても悲しかったのです。


ある日、いつものように島の奥にある森から果物を取って2人の住み処に戻ってきたひょうがに、しゅん王子は言いました。
「ひょうが。あの……もし救いの船が来なかったら、僕は王子には戻れません。ひょうがが僕にしてくれたことへのお礼もできないの。僕は……」

そう言って力無く項垂れたしゅん王子に、ひょうがは静かに答えました。
「礼などいりません」
「でも、ここでは僕は何もできない子供です。ひょうがの方が力もあって、何でもできて、だから、僕を王子として立ててくださる必要なんか全然ないんです。僕はただの役立たずで、それどころか、ひょうがの足手まといでしかないのに」
「そんなことはありません」

ひょうがの声は、取りようによってはぶっきらぼうで素っ気無いものでした。
しゅん王子は、ひょうがは何もできない自分への怒りを抑えようとして、そんな口調になっているのではないかと不安になってしまったのです。

「僕……お魚は獲れそうにないから、せめて貝くらい拾ってこようと思って岩場の方に下りてみたんです。でも、足を切っちゃって、結局……」
そうして結局、しゅん王子は、貝の一つも拾えなかったのでした。
けれど、しゅん王子は、自分も何かをしようとしてはいるのだということを、ひょうがに伝えずにはいられなかったのです。

しゅん王子のその言葉を聞くなり、それまで素っ気無いだけだったひょうがの顔に狼狽の色が浮かんできました。
「そんなことはなさらなくていいのに……!」 

ひょうがは慌てた様子で、彼の作った物入れを兼ねたベンチに座り込んでいたしゅん王子の足許に片膝をつき、本来なら見ることすら叶わない宝石にでも触れるような仕草で、しゅん王子の素足をそっと持ち上げました。

この島に来てから、しゅん王子はずっと裸足でいました。
この島には、靴職人などいませんでしたから。

「こんなにやわらかいおみ足で、岩場にお下りになったのですか」
「だって、僕は何もできないの」
「そんなことはありません。――傷が残らなければいいが……」
「僕にできることは何かないの」
「もう、ご無理はなさらないでください」

しゅん王子にそう告げるひょうがの手は、微かに震えていました。

ひょうがのためにしたつもりのことが、結局はひょうがを心配させただけ。
ひょうがに迷惑をかけただけ。

「はい……」

消え入りそうな声で返事をし、小さく頷いたしゅん王子の瞳からは、今にも涙が零れ落ちてしまいそうでした。






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