何もできないしゅん王子は、だから、妖精にもらった幸福の種を植えることを決意したのでした。

幸福。

それが何なのか、しゅん王子自身は知らない“幸福”。
でも、それが、しゅん王子は欲しかった。

今、どうしても、しゅん王子は幸福になりたかったのです。


これだけは、嵐の海もしゅん王子から奪い取れなかった、銀色のペンダント。
涙の形をしたペンダントヘッドの中には、しゅん王子が生まれた時に幸福の妖精がくれた、小さな花の種が入っていました。


しゅん王子は、それを、この島の陸でも海でもないところ――波打ち際――に、願いを込めて埋めました。

潮が満ちてくると、そこはしゅん王子の膝の丈ほどの深みになります。
大切な幸福の種が流されてしまわないように、しゅん王子は王子自身が波に攫われそうになりながら、種を守り続けました。


そうして、しゅん王子は知ったのです。

約束された幸せ。
手に入るとわかっていても、それを望まなければ幸せは手に入らないのだということ。
望んで、努力しなければ、それは決して手に入らないのだということ――を。

どうしても手に入れたいと望めるものに出会えたことを幸福だと思えるほどの余裕は、今のしゅん王子にはありませんでした。


島の反対側に魚を捕りに行っていたひょうがが、波打ち際で幸福の花の種を守っているしゅん王子のところにやってきたのは、最初の満潮が過ぎた頃のことでした。
全身びしょ濡れになって砂浜に倒れているしゅん王子の姿を見付けたひょうがは、その日の獲物を浜に投げ捨てて、しゅん王子の側に駆け寄ってきました。

「な…何をしてるんですかっ!」
半分怒鳴りつけるようなひょうがの声で、しゅん王子はぼんやりと意識を取り戻しました。

「幸せの花の種を蒔いたの」

しゅん王子は、ひょうがに心配をかけたくなかったので、無理に笑顔を作りました。

「……花が咲いたら幸せになれるの。だから、ひょうが、心配しないで」

「…………」


幸福の花が咲くまで、いったいどれほどの時間が必要なのでしょう。
その時まで、毎日、しゅん王子に砂浜で番をさせておくわけにはいきません。
しゅん王子から事情を聞いたひょうがは、軟らかい木の皮で、幸福の花の種を植えるための鉢を作ってやったのです。

その鉢を、二人の住み処の前にある木の枝に釣るしながら、ひょうがはしゅん王子に言いました。

「ご両親や兄君の許に戻れるといいですね」

しゅん王子にそう告げるひょうがの声は、何故かひどく寂しそうでした。






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