それから一ヶ月近くが経ったある日のことです。

しゅん王子は島の沖合いに船の影を見付けました。
船は、しゅん王子の国の旗を掲げていました。

(ひょうがに知らせなきゃ…!)
船をこの島に呼び寄せる術がわからなかったしゅん王子は、最初はそう思いました。


けれど。

しゅん王子は、幸福の花が咲いた日に聞いたひょうがの言葉を思い出したのです。

『俺は、この島から帰ることを望んでいない』
『王子と二人きりでずっとここにいたい』

しゅん王子の中にも、今では同じ気持ちが生まれつつありました。

あの船に自分たちがここにいることを気付いてもらえたら、しゅん王子は自分の生まれたお城に帰ることができます。
お母様やお父様、お兄様にもう一度会えるのです。

でもそうしたら。

そうしたら、この島での幸せは失われてしまうかもしれません。
しゅん王子の“今”の幸せが失われてしまうかもしれないのです。
しゅん王子はそれはとても嫌でした。
耐えられそうになかったのです。

でも、お母様やお父様には会いたい。

しゅん王子はその場に立ち尽くしました。
沖に見える船影のことを、ひょうがに知らせることも、ひょうがに知らせないこともできなくて、過去の幸せと今の幸せのどちらを、自分の未来の幸せにすべきなのかがわからなくて、ただその場に立ち尽くしていたのです。


その時、しゅん王子の視界に、島の奥に果物を取りにいっていたひょうがが浜におりてくる姿が飛び込んできました。
ひょうがの姿を見た途端に、しゅん王子の心は決まったのです。

しゅん王子はひょうがの許に、脱兎のごとく駆け出しました。

「ひょうが、ずっと浜にいたら、僕、寒くなってきたの。家に戻ろう? 僕たちの家に戻ろう?」
しゅん王子はそう言って、浜におりようとしている氷河を、島の中に引き返させようとしました。
瞳に涙をいっぱいためて。

「しゅん…?」

しゅん王子に何かが起きたのだと悟ったひょうがは、そして、すぐに、島の沖合いにしゅん王子の涙の原因を見付けたのです。

ひょうがは、一瞬の迷いもなく、しゅん王子に言いました。
「火を起こそう。そうすればきっと、この島に俺たちがいることに気付いてくれる」

その言葉が、どれほどしゅん王子の胸を傷付けたか!

「いや……! ひょうがはずっとこの島で僕と二人でいたいって言ったじゃない! そんなの、いや!」

嗚咽混じりのしゅん王子の言葉を、ひょうがは静かな表情で遮りました。
「しゅん……。家族に、会いたいんだろう?」
「あ……会いたいけど……お母様たちに僕が無事でいることを知らせたいけど、でも……」

そうです。
しゅん王子は、懐かしいお母様やお父様、お兄様に会いたかった。
けれど、それ以上に。

「でも、ひょうがの幸せが僕の幸せなの!」
しゅん王子は、泣きながらそう叫んでいました。

ひょうがは、穏やかな口調で答えました。
「おまえの幸せが俺の幸せだ」

「…………」

ひょうがのその取り乱したところのない言葉のせいで、しゅん王子は一瞬気が遠くなり、そのまま砂浜に倒れてしまいそうになりました。
ひょうがが、その肩を抱きとめて、しゅん王子の耳元に囁きます。

「ありがとう、しゅん。おまえはもう、受け取ることしかできない子供じゃない」


ひょうがの瞳は、これまでしゅん王子が見たうちでいちばん――初めてしゅん王子がひょうがを受け取ったあの時よりもずっと――幸せの輝きをたたえているように見えました。






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