「なあ、瞬。俺たちもいつかは死ぬのか?」 毎度お馴染み城戸邸のラウンジで、瞬は平和に午後のティータイムを楽しんでいた。 そこにやってきた星矢の開口一番。 それが、深遠にして(?)哲学的なる(?) ↑ 上記のセリフだった。 「どうしたの、急に」 “B型熱血主人公”の誉れも高い星矢の、彼らしからぬ言葉と表情とを怪訝に思い、瞬は手にしていたティーカップをソーサーに戻したのである。 しかし、星矢自身はいたって真面目な顔。 その真面目な顔を自分らしくないとも思ってはいないようだった。 「うん、実は、これなんだけどさぁ」 なにやら滅入った様子の星矢が瞬に差し出したもの。 それは、日本ギャグアニメ史上不朽の名作『タイムボカ○・シリーズ』のヒットソングメドレー集。要するに一枚のCDだった――もとい、CDケースだった。 「なに、これ。星矢ってば、こんなの聞いてるの?」 「こんなのとは何だよ、こんなのとは! これ、いいんだぜー。馬鹿馬鹿しくて、元気が出てさ!」 「……元気が出たようには見えないけど」 「…………」 瞬のその言葉に、星矢が黙り込む。 沈鬱の極致の星矢から、瞬が聞き出した事情は ↓ 下記の通り。 星矢は元気になるために(星矢がこれ以上元気になってどーすんだ !? という意見は、まあ置いといて)、レンタルCD屋からそのCDを借りてきた。 しかし、どうやら、貸し出しの際に何かの手違いがあったらしく、『タイムボ○ン・シリーズ』ヒットソングメドレー集のケースの中に入っていたのは、とある女性ボーカリストのアルバムだった。 「交換してもらうにしたって、聞いてから交換してもらった方が得だよなー ――なんて考えたのが間違いの元でさぁ……」 よく聞き取れないところのある歌詞を解明してやろうと、真剣に聞きだしたのもマズかった――と、星矢はぼやいた。 要するにその歌の大意は、『人の求めているものは未来にではなく過去にある――あった。そして、自分の時代もいつかは終わりを迎えるのだ』というようなものだったらしい。 『タイム○カン・シリーズ』の突き抜けて明るい曲を聞くつもりでいた星矢を、その厭世的な歌詞は思い切りどよどよどよ〜ん★ と暗い気分にしてくれたのだそうだった。 「なんか、それって、俺たちのこと歌ってるみたいでさぁ」 星矢は口をきくのも億劫と言わんばかりに気だるげな所作で、瞬の向かいにあったソファに身体を沈み込ませた。 「未来ばっか見てさ、いつかは平和ないい時代が来るって信じて敵を倒してきてさ、でも、実際に求めていたものなんかあったか? 今は昔の未来だよな。でも、俺たちはちっとも幸せになってないじゃん。敵は次から次へと湧いてくるしさー」 少なくとも今星矢が自分を幸せだと感じていない原因の8割は、借りてきたCDが『タイ○ボカン・シリーズ』のものではなかったという事実に因るのだが、瞬は、それを指摘したりはしなかった。 そうしたところで星矢の沈鬱な気持ちが浮上するわけでもないのだから。 「俺たちが倒してきた奴等には、奴等なりの正義があったよな。でも、俺たちは俺たちの正義を拠り所にして、それを倒してきたんだ。それって、俺たちとは別の正義を持った奴等に、俺たちが倒される時だって、いつかは来るかもしれないってことだろ」 今になって――“彼等なりの正義”を持った“敵”を散々打ち倒してきた今になって――そんなことを考え出す星矢を、瞬はある意味、とんでもない大物だと思った。 そういうことを考えることなく今まで闘い続けてきたというのであれば、これまでの闘いにおける星矢の強さも迷いのない一途さも、なるほど納得がいく。 「星矢はそれが恐いの?」 「瞬は恐くないのか? 負ければ、俺たちの正義は正義じゃなくなるんだぜー」 「星矢みたいに、滅んでいった者たちにも正義はあった……って言ってくれる人もいると思うよ」 「そんなの、でも、ほんの少しの奴だけだろ?」 精一杯生きてきた自分たちの時間を、正義を、意味を否定される未来。 そんな未来よりも過去にこそ価値と幸福があると考えるのは、ある意味では、まさに今この時が星矢の“時代”だからなのかもしれなかった。 |