「ねえ、星矢の求めているものって何」 身に馴染まない陰鬱気分に唇を尖らせている星矢に、瞬が尋ねる。 「俺の求めてることって、そりゃあ……姉さんに会うことだけど」 「会って、幸せになりたいの? それが星矢の夢? お姉さんの愛情を確かめたい?」 「ただ生きててくれればいいって思うぜ、俺は」 それは、星矢らしい答えだった。 求めていた人に会うことで何が得られるのかまでは、星矢は考えてはいないのだ。 「でも、まあ、人間の求めるものってそんなものでしょう? 愛とか夢とか幸福とか」 「一般的にはそーかもな」 「それって全部確かに過去にあったものだよね。闘いを知らない幼い頃は幸せだった。両親や家族が生きていて愛情に恵まれてた。諦めた夢も過去のもの。失ったものだから、人はそれを求める」 そんなことを告げる瞬の瞳は、しかし、明るく輝いている。 星矢は、更に唇を尖らせて、肩をすくめた。 「おまえはいいよなー。今、全部それが自分の手の中にあるんだからさ」 束の間には違いないのであろうが、望んでいた闘いのない日々。 傍らには瞬にベタ惚れの男がいて、瞬は深く(異様にとも言う)愛されている。 当然幸せでいるだろう。 瞬は、星矢のぼやきを聞いて微笑んだ。 否定はしないし、できなかった。 「でも、今僕が持ってるものも、未来には失われて、僕もやっぱり過去は良かったって懐かしむことになるかもしれない――って、星矢は思うの?」 「…………」 星矢は、瞬のその言葉を肯定はしなかったし、できなかった。 「でも、それは、新しい夢や新しい愛情や新しい幸せを求めればいいだけのことだよね」 氷河が瞬のこの言葉を聞いたら、どんな顔をするだろう。 星矢は、瞬の前向きな意見に、少しばかり背筋に冷たいものを覚えた。 今の瞬と氷河を見ていると、そんなものを求める日が、二人の許を訪れることはあるまいとも思えるのではあるが。 「でも、それを手に入れる前に俺たちの時代は終わるかもしれない」 「そういうこともありえるね」 「じゃあ、未来なんて、そうそう期待できるもんじゃないじゃん。いつかは俺たちの時代も命も終わるんだ。生きてる意味なんてないじゃん」 つまらなそう、だった。 星矢の口調は。 「人の肉体は必ず死ぬよね。なのに何のために生きてるのか、人が生きるってことは無意味なのか――星矢が今思い悩んでいるようなことって、結局最後にはその問題に行き着くの。人間が生きる目的とは何か、人間の生に意味はあるのか無いのか」 瞬の明解な口調に、少しばかり、星矢の瞳が輝きを取り戻す。 星矢は瞬の答えを期待したのである。 瞬が既にその問題を通り過ぎた後だということに気付いて。 瞬が星矢に与えられる“答え”は、瞬が出した答えでしかない――のではあるが。 「人の人生が無意味なのか意味があるのかは、その人がどう思うかで決まることだよ。神様や運命に決められてることじゃないの。決めるのは、その人自身――星矢自身なの」 しかし、瞬の答えにはある程度の普遍性があった。 そして、完全に個別的でもあった。 「星矢が意味があるって思えば意味があるし、無意味と思えば無意味なんだよ――と、僕は思う」 「へ……?」 瞬が、きょとんとした顔の星矢に、小さな笑みを向ける。 「それだけのことだよ。それだけ。だったら、なにも自分から自分の生きていることを無意味にすることはないでしょう? 星矢が生きてることが無意味だったら僕は悲しいよ」 「しゅ…瞬は無意味だとは思ってないのか? いつかは終わって、消えて無くなるものを?」 あまりにもあっさりした“答え”に肩透かしを食った格好だった星矢が、なんとか気を取り直して、問いを重ねてくる。 「僕は無意味だとは思わない」 瞬の答えは明快至極だった。 「僕がここに生きて存在することも、星矢とこうして話をしていることも、星矢と出会えたことも、みんな意味があることだと思ってるよ」 そして、確信に満ちていた。 |