星矢の家は、瞬と一輝の家から歩いて7、8分のところにあるのだが、通学の際には遠回りになる。

瞬が、学校とは反対の方向にある星矢の家の玄関のチャイムを鳴らそうとするのと、星矢の上の姉が玄関の扉を威勢良く開けたのが、ほぼ同時だった。

「あらぁ、瞬ちゃん、わざわざ遠回りして星矢を迎えに来てくれたの? あの寝ぼすけ、まだいい気分で寝てるから、叩き起こしてやって!」
トーストを口にくわえ、右手に口紅を握りしめた某商社勤めのキャリアウーマンは、怒鳴るようにそれだけ言うと、駅に向かって猛然とダッシュしていった。

「ふん。そんなことだろうと思った」
ハイヒールでよくあれだけのスピードが出せるものだと驚き呆れる瞬の横で、一輝が、予想通りの展開に舌打ちをする。

「星矢っ、とっとと起きて来んかーっっ !!  5分以内におりてこないと、宿題を写させてやらんぞーっっ !! 」

突然、庭先から2階の星矢の部屋の窓に向かってがなりたて始めた兄の大声に弾かれるように、瞬は、視線を、星矢の姉の後ろ姿から自身の兄の上に戻した。

「兄さん、そんな大声で……!」
慌てて、兄をたしなめようとした瞬の後ろから、
「朝っぱらから何を騒いでいるんだ。近所迷惑だぞ」
と、星矢の隣家の住人にして、瞬や一輝の――当然、星矢にとっても――幼な馴染の長髪男の声が聞こえてくる。

「あ、紫龍、おはよう。星矢を迎えに来たんだけど、星矢、まだ眠ってるらしくって」
「ああ、それはもっと大声で怒鳴らないと、星矢は起きてこないだろう」

分別顔でそう言うなり、紫龍は、
「星矢ーっっ !!  今すぐ起きないと、朝食抜きになるぞーっっ !! 」
――と、一輝に負けず劣らずの大声を周囲に響かせ始めた。

星矢の家の前を通る通行人たちが、二人のその声を聞いて、笑いながら足早に駅へと向かっていく。
瞬は、その通行人たちの視線を受けて、穴があったら入りたい気分に陥っていた。
こういう場合、恥ずかしい思いをするのは、恥ずかしいことをしている当人ではないのが常なのである。



ともあれ、一輝と紫龍の大音声の甲斐あって、4人の幼な馴染たちは、星矢と瞬の入学式以来初めて、顔を揃えての登校と相成ったのだった。






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