校舎に入ると、4人は、紫龍のクラスの担任教師が教員室から出てくるのに出くわした。

「ああ、紫龍。昨日、休み中にあった全国模試の結果が来たぞ」
「そうですか」

彼の登場は、まるでそれを告げるために、紫龍が登校してくるのを待ち受けていたかのようなタイミングだった。
「で、おまえはまたしても総合2位だ。どーにかならんのか、おまえの万年2位は」

困ったような顔でそう告げる教師に、紫龍が涼しい顔で頷く。

「精進します」
「次は頼むぞ」

紫龍当人よりも、担任教師の方が余程悔しげである。
瞬は、試験の内容よりも、順位のみにこだわっているようなその教師の態度に、少々不快感を覚えた。

「なーに、あれ。全国2位なら立派なもんだよね。僕なんて1000番内に入るかどうかなのに」
「1年でそれなら、文句もないだろ。俺なんか、瞬と桁が2桁違う」

瞬のそれはともかく、星矢のそれは慰めにも励ましにもなっていなかったのだが、紫龍は年下の幼な馴染たちの言葉に薄く笑っただけだった。

「ああ、別に気にしてないさ。先生がああ言うのは、俺を抑えて1位なのが、いつも2年生だからなんだ」
「2年生?」
「ああ、北海道の高校の城戸……氷河とか言ったな」

いつも自分の上位にいる高校生の名を、紫龍は嫌でも覚えないわけにはいかなかったらしい。
彼は、フルネームで、その見知らぬ高校生の名を口にした。

「げー、そいつ、2年生のくせに、全国に何万人もいる3年の受験生抑えて1等賞なんて取ってんのかよ? きっと、度の強い黒縁眼鏡かけたガリ勉で、朝から晩まで勉強ばっかしてる不健康な奴なんだろーなー」
心底嫌そうにそう言って、星矢が顔を歪める。

「ま、そんな、一生会うこともない奴の眼鏡が黒縁だろーがノーフレームだろーが、俺には関係ねーけどよ」
「それはそうだけど、今時、黒縁の眼鏡してる高校生なんかいないよ、星矢」
「だといいけどなー」

数学ができる人種に不信感を抱いている星矢は、秀才というものへの偏見を、どうにも捨てきれないらしい。
星矢がその“秀才”の中から、彼の幼な馴染である紫龍を無意識に削除していることに、瞬は苦笑を禁じ得なかった。

「そんな天才じゃない僕としては、とりあえず来週から始まる夏休み明け試験をどう乗り切るかの方が重要課題だよ」

笑いながら告げた瞬に対する星矢の答えには、より切迫感が伴っていた。
「俺は、その前に、今日の数学を乗り切らにゃあ」


「たまには瞬の力を借りず、自力で乗り切らんか」
「あ、そーゆーことを、一輝には言われたくねーぜ、俺は」
「俺は、やってもいない宿題をやったような顔をしたことはない」
「あのなー、俺は、宿題やってないからって、その授業をサボるような、どっかの番長さんとは訳が違うんだよ! 瞬、おまえもたまには兄貴にガツンと言ってやれよ! んっとに、このバカ兄貴は――」

どっちもどっちで五十歩百歩な星矢と兄の言い争いを聞いているうちに、瞬はまた、あの不思議な感覚に捕らわれていた。

「瞬? どーかしたのか?」
星矢に尋ねられてはっと我に返り、力なく左右に首を振る。

「あ、ううん、何でも……」


それが喪失感なのか、欠落感なのか、瞬にはどうしてもわからなかった。






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