その日は、帰りもまた偶然が重なった。
校門を出たところで、瞬と星矢は、剣道部の部活を終えて帰宅しようとしていた一輝と、弓道部の部活を終えて帰宅しようとしていた紫龍に、ばったりと出くわしたのである。

「なんだ、おまえらも、今、帰りか」

星矢と瞬は大抵いつも一緒だったが、学年や趣味・嗜好・行動範囲の違いのせいで、そこに一輝や紫龍が加わることは滅多にない。
歳も行動様式も全く異なる4人がいつも一緒だったのは、一輝と紫龍が小学校に入るまでのことだった。

「おぅ! 今日も充実した一日だったぜ!」
「もう、何が充実なの! 星矢ったら、無茶苦茶な球投げるんだから! 10球投げて、10球までがビンボールまがいってどーゆーこと! 危ないじゃない!」
「いやー、捕れるおまえがすごいよな、その細腕で」
「星矢、それも褒め言葉じゃないよ!」
「え? そっかぁ?」

いつものように星矢と他愛ない会話を交わしながら、川沿いの土手の上にある細い通学路で、瞬は、朝とは違う方向からの陽光を受けていた。

薄紫と橙色の夕焼けが、川の向こう岸に広がっている。

「夕焼け、綺麗だね」
「秋が近い色だな」
「うん」

こういう会話は、兄や星矢が相手では成り立たない。
瞬は紫龍に話しかけ、紫龍から応えを貰った。

「ここから見る夕焼けって、いつも穏やかな色だよね。今日もすごく平和に一日が終わったなーって感じがする」

そう言い終えてから、瞬は自分の頬を涙が伝っているのに気付て立ち止まった。

「瞬? どうしたんだ?」
紫龍の声に、瞬たちの前を歩いていた星矢と一輝が振り返る。
尋常でない様子の瞬に、星矢が慌てて駆け寄ってきた。

「瞬? 腹でも痛いのかー?」
「あ…ううん、何か……僕、今、幸せなのかなーって、そう思っただけ」
「へ?」

そんなことで涙する感性というものに、星矢は全く縁がない。
涙ぐむ瞬に、星矢はそれでなくても丸い目を更に丸くして、少々どもりながら言った。
「な…なーんで幸せなんだよ。数学、また宿題出たじゃん。俺は不幸だ」

「そーゆーことじゃなくて、両親が健在で、兄さんは優しいし、星矢や紫龍みたいな友達がいて、食べるものにも困らなくて、毎日何かしら事件は起きるけど、生きてることに不安なんて感じることもなくて……」

(嘘だ。僕はいつも不安でいる。いつも何かが足りないって気がしてる)

「そーかなー。俺はこの世に数学が存在するだけで、滅茶苦茶不幸だけどなー」
「そんなふうに思ってられるだけで幸せなの」
「んなもんかぁ?」
「そーだよ、幸せなの」

(そうだよ。幸せなはず。僕は幸せなはずなんだ)
(なのにどうして僕は、こんなに悲しくて寂しいんだろう……)

「瞬、おまえ、どーしたんだよ。ほんとに、なに泣いてるんだよ」
「瞬? どうしたんだ」
「瞬、どうかしたのか」


兄と幼な馴染たちの心配そうな声が、瞬の幸福な欠落感を逆に大きなものにしていく。

(どうして……? 僕には、欠けているものなんかないはずなのに……)


気遣わしげな兄たちの声は、そして、徐々に遠ざかっていった。






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