「しかし、おまえは弱っている」
「そんなこと、ない」

瞬は、微かに――本当に微かに――笑った。
本音を言うなら、瞬は今、自分のいる幸福な場面に胸が弾むような気分だったのだが。

「そんなこと、ないよ」
本心を伝える代わりに、氷河をじっと見詰める。
「氷河」

夜の闇に慣れていた氷河の目は、瞬が何を求めて自分にそんな眼差しを向けてくるのかを、すぐに察した。

「ばか、こんな時に」
「いいでしょ、キスくらい。こんな真の闇の中、僕たちより地の利のない敵は動けないよ」

瞬の手が、氷河の胸に添えられる。

「僕は、悪夢を忘れたいの。自分の幸せを噛みしめたいの」
「…………」

「どんな夢だったんだ」

「氷河」

説明をする気はないのだと告げて誘う瞬の唇に、氷河は無駄な抗いはしなかった。
瞬の髪を鷲掴みにして、瞬を上向かせ、噛みつくようなキスをする。
昼間の戦闘の余韻を消し去れずに、氷河の感覚と動作は荒ぶっていた。

「血の味がする」
「氷河も」

たとえどんな力にでも引き離されたりはしないと訴えるように、瞬は氷河の首に両の腕を絡めた。
そして、氷河よりずっと必死に、氷河よりずっと激しく、氷河の唇を貪った。


瞬は不幸ではなかった。

幸福な家庭もない。
穏やかな日々もない。
いつも死を身近に感じ、
敵を傷付け、
仲間の傷付く様を見る毎日。


それでも、今、瞬は不幸ではなかった。






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