瞬の唇から解放された氷河の唇に微苦笑が浮かぶ。 「まったく、今が戦闘中でなかったら、この場におまえを押し倒したいところだ」 「僕も、氷河のその馬鹿げたヨロイを全部、とっとと引き剥がしたいよ。氷河、その方が強いのに」 「紫龍じゃあるまいし」 今はさすがに、そういうことに現を抜かしてはいられない。 それは諦めて、瞬は氷河に寄り添った。 「俺たちの闘いに終わりはないのか」 「終わらなくても平気だよ、氷河と一緒なら」 「いや、いつかは終わるさ」 「そうかもしれないけど」 決してその時の訪れを望んでいないわけではない。 だが、その時が来なくても絶望したりはしない自分を、瞬は自覚していた。 「瞬、この闘いが終わったら……」 「え?」 何事かを言葉にしかけ、その続きを口にする代わりに、氷河は瞬の肩に置いた手の指先に力を込めた。 「いや……。この闘いが終わったら、おまえにしてやりたいことがたくさんあったんだが」 「どんな?」 「……忘れた。そのうち思い出すだろう」 氷河の眉根には、僅かばかりの焦慮が漂っていた。 「この闘いが終わったら、まず、おまえを死ぬほど可愛がってやる」 瞬は笑った。 氷河が“忘れてしまったこと”が、おそらくはあの悪夢にも似た“日常”なのだろうことを察して。 真の不幸を知らない氷河の幸運を、瞬は微笑で受け止めた。 「楽しみで、死ねないね」 「ああ、死んでたまるか」 朝焼けが、瞬たちのいる岩場に差し込んでくる。 「星矢たち、動き出したね」 「敵さんもな」 「行こうか、僕たちも」 「ああ」 チェーンを握り締め、瞬は岩場を飛び出した。 横に、氷河がいる。 悪夢は、もう跡形もなく、はるか遠くに消え去っていた。 Fin.
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