「あーあ、しっかし、名誉なんて食えもしねーもんのために、わざわざこんな山奥まで来なきゃならねーんなら、聖闘士になんてなるんじゃなかったぜ」 星矢は、青銅聖闘士用の二人部屋のベッドの上にあぐらをかき、うんざりしたような口調でぼやいた。 『社会保障完備、有給無制限、報酬は年功序列ではなく能力主義、才能のある者は高給にて優遇』という謳い文句につられて就職した会社に、全員強制参加の社員旅行があってうんざり、といった口調だった。 「まあ、食うことはできないが、尊い言葉ではあるぞ、名誉というのは」 聖闘士の中には、『一生遊んで暮らせる』ことよりも、『地上の平和を守る』という崇高な義務に重きを置いている者も若干名いる。 星矢のルームメイトの紫龍には、そんなところがないでもなかった。 無論、『相対的に見れば』という条件付きではあったが。 「んでもさー、右を見ても左を見てもムサい野郎が有象無象してるばっかで、滅茶苦茶つまんねーじゃん」 自分もそのムサい野郎たちの中の一人だということが自覚できているのかいないのか、星矢は思い切り不満顔だった。 この宿舎という名のホテルには、ゲームセンターどころか卓球台の一つもなく、あるのはトレーニングジムばかりだったのである。 明日からのバトルに備えてトレーニングをするような殊勝な聖闘士は、当然のことながら、宿舎内にはただの一人もいなかった。 「女性もいるじゃないか」 「みんな、おっかなそうなねーちゃんばっかじゃん。胸がありゃ女ってもんじゃないんだぜ。瞬の方がよっぽど可愛いじゃん」 「……その瞬の姿が見えないようだが、氷河、おまえ一緒じゃなかったのか」 紫龍は、女性の定義について言及するのを用心深く避けた。 そして、ベランダに置かれた籐椅子に自堕落な格好で腰をおろし、退屈そうにギリシャの空を眺めている氷河に声をかけた。 何を隠そう、ここは、星矢と紫龍の部屋ではなく、氷河にあてがわれた部屋だった。 氷河が勝手に立てた予定では、武道会の最終日までを瞬と二人で過ごすための。 「後から来ると言っていた」 氷河が退屈そうにしているのは、当然、瞬がいないからである。 彼の心身を刺激するものが、この場にないからだった。 「ほう。そりゃ心配だな」 「瞬なら、クマが出ようがトラが出ようが平気だろ。瞬が弱い振りするのは、助けてくれる誰かがいる時だけだし」 「訂正しろ。瞬は弱い振りをするんじゃなく、滅多に本気にならないだけだ」 瞬自身ではなくても、瞬に関することでなら、多少の意識や感情の動きは起こる。 氷河は星矢を睨みつけ、星矢は速やかに謝罪した。 「重々存じ上げております」 瞬が側にいない時の氷河は、無気力だがクールである。 全身逆鱗だらけの男に逆らうと、どんな目に合わされるかわかったものではないのだ。 |