氷河は退屈で苛立っているようだった。

そこに、
「おいっ! 瞬が来たぞっ!」
という、氷河にとっては待ちに待った報を持ってきたのは、氷河たちと同じく、武道会は今回が初参加の一角獣座の青銅聖闘士だった。

「どこだ」
掛けていた椅子から立ち上がった氷河の声は、不機嫌が募って凄味を帯びている。

しかし、部屋に飛び込んできた邪武は、そんなことにも気付かないほど大慌てに慌てていた。
「それが、とんでもないことになっててよー!」
「とんでもないこと?」
「ああ、瞬の奴、この聖域の奥の奥まで、オレンジ色のオープンカーで乗りつけてきたんだよ!」

「車? なんでまた」
紫龍の疑念も尤もではあるが、
「んなこと、俺が知るかよ」
邪武の返答もまた、尤も至極だった。

「とにかく、瞬は車で来た。当然、何も知らない一般人が紛れ込んだんだと、瞬を知らない奴等は思う」

それはそうだろう。
仮にも聖闘士なら、聖域に排気ガスを撒き散らす不敬の罪を犯そうとするはずはないし、そもそも車で来るより走った方が速いのだから。

「おまけに、瞬の野郎、コロッセオの真ん前に車を止めて、車から降りるなり、そこにいたにーちゃんに『ガソリンスタンド、どこですか?』なんて訊きやがったんだぜ!」

「………」
さしもの氷河も、これには弁護の仕様がない。
が、この際の問題は、聖域にガソリンスタンドがあるかどうかということではなかった。
問題は、
「訊かれたペルセウス座の白銀聖闘士が、瞬にぼーっとなってひっくりかえった」
――の方だったのである。

氷河は、邪武の言葉にムッとなり、彼の襟首を掴み上げた。
「瞬はどこだ」

「コ……コロッセオの前の広場にいるけどよ、今は行かない方がいいぞ。ゴールドやシルバーの先輩方が瞬に群がってたから」
「…………」
これは、行くなと言われて、『はい、さいで』と引っ込んでいられる事態ではない。

「ムサい男と恐いねーちゃんしかいないところに、突然舞い降りた可愛子ちゃんだからな。みんな、相当飢えてたんだと思うぞ」
悪鬼のごとき形相の氷河に襟首を掴まれているというのに、邪武がそんなことを言えるのは、一重に彼が氷河と瞬の関係に気付いていないからだった。

「冗談じゃない!」
氷河は、鏡餅でも叩き割るように邪武を壁に叩きつけ、そのまま後ろを振り返りもせずに部屋を飛び出していった。

もちろん、聖域での日々を氷河以上に退屈しきっていた星矢と紫龍もまた、友情と義のために、氷河の後を追う。


強制参加の宴会が――もとい、アテナに捧げる神聖な闘いが――行われるコロッセオ前の広場は、彼等の期待を裏切らず、実に楽しいことになっていた。






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