しかし、呑気なのは瞬だけである。 80余人の聖闘士たちが集った聖域には、緊張感がてんこ盛りだった。 みなぎる緊張を背中にしょって、数人の黄金聖闘士が氷河の部屋を訪れたのは、瞬が聖域に到着してから1時間も経っていない、まだまだ昼下がりと言って差し支えない時刻。 「ここに集まった聖闘士全員の代表として来たのだが」 最初に口を開いたのは、見るからに善人面をした某双子座の黄金聖闘士だった。 「一般人がこのアテナイア祭に紛れ込むのは初めてのことで、どう対処すべきかの前例もないのだが……。しかし、無下に追い返すのも気の毒なので、我々黄金聖闘士たちで話し合い、とりあえず君のための部屋を用意することにした」 「あ、お気遣い、どうもありがとうございます。でも、僕、僕のバルケッタの駐車場さえ確保できれば、氷河とおんなじ部屋で構いませんので……」 瞬の言葉は遠慮から出たものではなかったのだが、それを、控えめな態度に見せてしまうのは、瞬の持って生まれた才能なのか、はたまた邪気を感じさせない顔の造作のせいなのか。 いずれにしても、その場にやってきていた黄金聖闘士たちは、実におめでたいことに、瞬の辞退を慎み深い遠慮と受け取った。 サガの横から、蠍座の男が口を挟んでくる。 「いや、いくら親戚といえど、そーゆーのはよろしくないぞ。未熟な青銅聖闘士のことだ、些細なことで気が散って闘いに支障が出るかもしれないしな」 反対側の横から、今度は獅子座の男。 「その通りだ。今回が武道会初参加の青銅聖闘士は、自分のことだけで手一杯なはずだ。おイトコさんのお相手は、我々に任せたまえ」 どう見ても黄金聖闘士一奥手と思われるアイオリアからして、これである。 氷河は思い切り不愉快になった。 が、紫龍あたりは、氷河の不愉快など歯牙にもかけない。 「あ〜、あなたサマは双子座の黄金聖闘士とお見受けしますが、まさかあなたも瞬にイカれた口で?」 ほとんど太鼓持ち口調で尋ねた紫龍に、双子座の男があからさまに戸惑ってみせる。 「い……いや、私は、ただ単に、ここに集う聖闘士たちの代表として意見を伝えに来ただけで……。確かに可愛い子だとは思うが、私は決して他の奴等のような邪まな気持ちは――」 『かけらほどにも抱いていない』と、彼は言おうとしたのだろう。 しかし、彼は、そう言うことはできなかった。 「ふん。こいつはやたらと善人面をしたがる奴でな。本当は個室に隔離して、夜這いでもかけたいところなんだが、そんなことも正直に言えないドアホウなんだ」 突然、双子座の男の眼尻が釣りあがる。 善人面の聖闘士は、ふいに、いかにも悪党面な男に変貌した。 サガの性癖(?)を知る由もない瞬たち青銅聖闘士は、顔つきだけでなく声までも変わってしまった双子座の男に、ぎょっとしてしまったのである。 豹変した仲間の頭をぽかり☆ と殴って、4番目に登場した黄金聖闘士はアリエスのムウ。 「ああ、すみませんね。サガは二重人格で、普段は善い人なんですが嘘つきで、たまに悪党の正直者になるんです」 「…………」× 4 そーゆー病気持ちでも務まるのなら、黄金聖闘士の程度もたかが知れている。 もともと希薄だった黄金聖闘士たちへの尊敬の念は、この時点で、星矢たち青銅聖闘士たちの中から完全に消え失せることになった。 |