氷河の準々決勝の対戦相手はミロだった。
もちろん、瞬は彼に対しても事前工作を怠らない。

「蠍座って言うと、僕、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を思い出すんです。『みんなの幸いのためならば、自分の体なんか百ぺん灼いても構わない』って言わせるほどの犠牲的精神――僕、とても共感できるの。人間が存在する上で大切なのは、勝つことでも、生き延びることでもないんですよね。ミロさんもきっと、そんなふうに気高い心の持ち主なんでしょう?」
「? む、無論だ」

『銀河鉄道999』ならギリシャでも放映されていたが、『銀河鉄道の夜』はあいにくギリシャでは未放映だった。
当然、翻訳本も出回っていない。

が、何でも知ったかぶりが黄金聖闘士の身上である。
黄金聖闘士にとって、『そんなモン知らないなぁ』は禁句だった。
腐っても黄金聖闘士のミロは、当然、黄金聖闘士らしく、知らないものを知っている振りをした。

「ま……全くもって同感だ」
「ええ。ミロさんが氷河との闘いで勝つことには何の意味もありませんよね」
「そ…そんな気がする……」
「ここは潔く、後輩に勝ちを譲るべきです。まかり間違ってミロさんが氷河に勝ったりしたら、蠍座の高潔さに瑕がつきます! 僕、そんなことになったら、すごく悲しい……」

瞳を潤ませての、瞬の撹乱作戦に、ミロはあっさり陥落した。






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