明日は天下一武道会最終日――もとい、パン・アテナイア祭当日。

「青銅が決勝にまで勝ちあがるなんて、前代未聞のことだそうだぞ」

紫龍は、ついに決勝にまで勝ち進んだ氷河を見やり、満足そうに頷きながら言った。
退屈極まりないものになると思っていた武道会を、ここまで素晴らしいエンターティメントにしてくれた氷河の功績は大きい。
それがどれほど次元の低いものであっても、紫龍は、氷河の功績を認め、かつ誉め称えることに、決してやぶさかではなかった。


「……しかし、どこか妙だ。サガはともかく、アルゴルもミロも全く手応えがなかったぞ。白銀聖闘士や黄金聖闘士の実力は、あの程度のものなのか?」

「あの程度なんでしょ」
サガとのバトルで受けた氷河の傷にバンソーコを貼りながら、自分の裏工作の件には触れず、瞬がしれっとして言い切る。

瞬がそう言うのならそうなのだろう。
瞬の指の感触に半ば以上理性を奪われかけていた氷河には、白銀聖闘士や黄金聖闘士の実力について、それ以上深く追求することはできなかった。


そこに、準決勝第二試合の結果を抱えた星矢が、大慌てに慌てて飛び込んでくる。

「大番狂わせだっ !!  カミュがデスマスクに負けたぞ! 氷河の決勝の相手はデスマスクだ!」
「なにっ !?  カミュが負けた !? 」
てっきり決勝戦は氷河VSカミュと踏んでいた紫龍が、思いがけない星矢の報告に目を剥く。


それでなくても、今回の武道会は番狂わせ続きだった。
氷河が勝ち進むことも、内の事情を知らない者たちには番狂わせだったろうが、他のブロックの方も大波乱だったのである。
準々決勝でアフロディーテがカミュに敗れたのはともかく、シャカがデスマスクに負けたのは、全ての人の予想を裏切る結果だった。
そして、今またカミュがデスマスクに負けたというのである。

「何故だ」
それは、氷河にしてみれば、師弟対決よりは有難い結果だった。
だが、その氷河にとっても、シャカやカミュが、黄金聖闘士の落ち零れ・デスマスクに敗れ去ったという事実はどうにも納得のいかないものだったのである(デスマスクファンの方、すみません;;)。


氷河の疑念は、突然天から降ってきた答えによって晴れることになった。
「デスマスクに脅迫されたのだ。私がナマコの酢の物が好物なのをバラすぞと」
「私も、焼き芋好きをバラすと脅された」

氷河の部屋の入口に、シャカとカミュの姿があった。
二人とも、実力で負けたのではないことを主張しに、わざわざ氷河の許に――もとい、瞬の許に――やってきたものらしい。

「そ…そんなことで、わざと勝負を捨てたというのかっ !? 」
二人の黄金聖闘士の告白に驚きを隠せない氷河だったが、カミュとシャカにも色々都合があるらしい。
「黄金聖闘士ともなれば、立場上、壊されるわけにはいかないイメージというものがあるのだ」

(さすがは黄金聖闘士、今更そんなものを気にするか……!)
訳のわからない黄金聖闘士のプライドというものに、紫龍と星矢は素直に恐れ入ったのだが、瞬は、デスマスクの不正行為の方に怒りを感じてしまったらしい。

「なんて卑怯な……!」
許し難い不正への怒りのために、瞬は拳を握りしめ、星矢と紫龍は、瞬のその反応に目を白黒させた。

「瞬〜、おまえは卑怯じゃないのかよ? ミロやアルゴルに聞いたぞ、おまえの裏工作」
泣くつもりはないのだろうが、星矢の顔は今にも泣き出しそうだった。

星矢の訴えに対する瞬の返答は、
「僕、脅迫なんかしてないもん」
――である。

「…………」
それは確かに瞬の言う通りであり、負けた当人達もその結果に満足しているのだから、これは第三者が口出しするようなことではない。
しかし、瞬のそれは、はっきり言って、あからさまな脅迫よりも質の悪い脅迫なのではなかろうか。

「目的のためなら手段を選ばない奴だな……」
「ほんと、許せないよね!」

紫龍は瞬のことを言ったのだが、瞬はあくまでもデスマスクの不正行為への怒りに燃えていた。

「…………」

無論、紫龍は、ここで瞬に己れの言葉の真意を伝えるほどの馬鹿ではない。






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