周囲が唖然呆然愕然モードから未だ脱却できずにいる中、瞬は傷だらけの氷河に手を差し延べた。

「立てる?」
「おまえが立てと言うのなら」
「じゃあ、立って。こんなとこ、さっさと出よう」

氷河がよろめきながらも何とか大地を両足で踏みしめるのを見届けると、瞬は皆に向き直り、にっこりと微笑んだ。
そして言った。
「じゃあ、皆さん。申し訳ありませんけど、ここ壊れちゃったの、建て直しておいていただけますか。こんな馬鹿げたことで、よってたかって僕の氷河にひどいことしたんだから、それくらいのことはしてくださいね」

「…………わ…我々に土方の――いや、土木建築業従事者の真似をしろと言うのか」

全聖闘士を代表して、善人モードのサガが、瞬にお伺いを立ててくる。

瞬は、悪びれた様子もなく、こっくりと頷いた。
「職業に貴賎なし。くだらない闘いよりずっと建設的でしょう? 皆さんの力をもってすれば容易いことだと思いますし。デスマスクさんは、特に、他の人の倍は働いてくださいね」

「ま…満身創痍のこの俺に、そんな無慈悲なことを言うか、貴様」

「自業自得でしょ。僕、そんな人には同情しません」
きついセリフを、瞬はあくまでも可愛らしく言い募る。

「僕を怒らせないでくださいね」
そうして、瞬は再度にっこりと微笑んだ。

「しかし、俺はこんなに……」

この場にいる聖闘士たちの中で最も瞬の力を実感できているにも関わらず、デスマスクは瞬に食い下がった。
つまり、彼は、二度、瞬の逆鱗に触れてしまったのである。

「僕を怒らせるなと言ったはずだっ!」
 
デスマスクはもちろん、事の次第を見守っていた他の者たちも――白銀聖闘士も黄金聖闘士も――、瞬のその鋭い声に光速で凍りついた。

「いいかっ! こんな馬鹿げたトーナメントに参加した者は誰も彼も同罪だ! 弁解無用、問答無用、さっさとトンカチでもシャベルでも持って来いっ!」



しーん……。



聖域は今、氷の世界だった。
誰も、しわぶきひとつ立てることのできない沈黙の世界だった。






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