氷河は、平和で名高い忠律府高校始まって以来の問題児だった。 わざわざ彼の住むマンションにまで出掛けて、学校に来るようにと誘う一学年下の生徒会長を、氷河は、最初は煙たそうにしていた。 「俺が素行不良だろうが、登校拒否していようが、おまえには関係ないことだろう。どーして、そううるさくつきまとうんだ」 「だ…だって、僕、生徒会長だから……。校内に悩んでたり困ってたりする生徒がいたら、手を貸してあげなきゃならないでしょう?」 「へぇ?」 「氷河が悩んでるのなら、力になりたいんです」 今時、教師でも言わないようなセリフを真顔で言う瞬に、氷河は目を丸くしていた。 「か…家庭がどうだって、そんなこと、氷河個人には関係ないと思うんです。氷河は氷河自身のために、ちゃんと学校に来て、真面目に授業を受けて、いろんなことを覚えて、友だちを作って――」 「学校……真面目に行ってやってもいいぞ」 瞬の言葉を遮って、氷河がそんなことを言い出したのは、彼が瞬を試そうとしただけのことだったのかもしれない。 「え !? 」 「おまえが毎日、俺を迎えに来てくれたら」 「ほんと !? 」 翌朝わざわざ遠回りをして氷河を迎えに来た瞬を見た時に、彼が自分の提案を後悔したのかしなかったのかは、余人にはわからない。 いずれにしても、氷河は、お節介な年下の生徒会長に少しずつ心を開いていった。 自分に甘える――それは文字通り『甘える』だった――氷河を見て、氷河は寂しかっただけなのだと、誰かに自分を気にかけてほしかっただけなのだと、瞬は思うようになっていた――否、ほぼ確信していた。 ただ、氷河は瞬には心を開くようになったが、瞬以外の誰かは要らない――という態度があからさまで、氷河が学校に来るようになると、瞬は今度はそのことを懸念せざるを得なくなってしまったのである。 『瞬に心を開いた』というより、『瞬に懐いた』という表現が、氷河にはぴったりだった。 捨て犬に懐かれた人間がそうであるように、瞬は氷河から目が放せなくなっていた。 瞬にとって、氷河は、目を放したらすぐにまた猜疑心と臆病に取り込まれる幼子のようなものだった。 その可能性自体は不安でも、だが、瞬はそれを負担に思うことはなかったのである。 瞬は、自分が誰かの支えになれているという事実を嬉しいと感じる人種だったから。 |