「俺、後悔してんだよ。おまえの頼みを聞いて、瞬に、おまえの面倒見てやれなんて言ったこと。いくら、Wカップ決勝のチケット手配してやるって言われたからってさー……」

8年前、養護施設から星矢を引き取ったのは、二度の流産で自分たちの子供を望めなくなった夫婦だった。
故に、とにかく子供には“元気”と“健康”を求める。
その点、星矢はまさに優等生、彼等の理想の子供だった。
成績が中の下でも、部屋を散らかし放題にしていても、彼等にとって星矢は自慢の我が子だったのである。

「何を後悔することがある。おまえらは、若くして人生に倦みきっていた孤独な魂を一つ、幸福にしたんだ。神や仏にだってそう簡単にできることじゃないぞ」

人生に倦んだ孤独な魂の持ち主は、お世辞にも整理整頓が行き届いているとは言い難い星矢の部屋の中央にあぐらをかき、横柄に言い放った。


「俺も種村季弘の絶版本なんかに釣られて、貴様の片棒を担いだことを後悔している。いくらなんでも、おまえ、瞬を独占しすぎだ。瞬は、みんなの瞬なんだぞ」

「そーだ、そーだ。瞬は、みんなの瞬なんだよ! おまえが拗ねてヒネて人生に倦んで孤独なのは事実かもしれないけど、それはおまえが勝手にそうしてるだけだろ。瞬は、おまえが肉親の愛情に飢えてるかわいそうな奴だって信じてるんだぜ? 瞬の方こそ、かわいそうじゃんか、おまえの嘘にあんなに必死になって……。おまえ、瞬を騙してるんだぞ。あの瞬を騙すなんて、んなことよくできるな!」
紫龍の後押しに力を得て、星矢の語調が強くなる。

「ふん。みんなの瞬とは実に愉快な言い草だな」
星矢の言葉を、氷河は鼻で笑い飛ばした。

「別に騙してなんかいないだろう。事実だ。ただ、あんな親のせいでぐれるのも馬鹿らしかったから、これまで適当にうまく立ち回ってきただけで、今の家に引き取られてからずっと、俺がシラケながら生きてきたことに変わりはない」


「……それがわかってるから、俺たちも瞬におまえのこと頼んでやったんだけどさー」

氷河が父親の振舞いに打ちのめされるようなデリケートなタマではないにしても、その所為が子供への思い遣りに欠けたものだったことに変わりはない。
その件に関しては、星矢も氷河に同情し、その事自体に立腹してもいた。

いたのだが――。






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