「おまえ、何でウチの学校なんかに転校してきたんだよ。おまえのいたグラード学園って、全国トップレベルの進学校だろ。おまえ、そこの生徒会長してたんだろ? 俺たちの忠律府高校は、ごくごくフツーの二流校だぜ?」 自分にも非がないとは言いきれないだけに、星矢も氷河を責め辛い。 仕方がないので、星矢は話を逸らした。 「何を言ってるんだ。忠律府高校は日本でも――いや、世界でもトップレベルの素晴らしい学校だぞ」 「……世界に誇れるようなものがあったか、俺たちのガッコに」 「生徒会長のレベルが世界最高水準だ」 「…………」 臆面もなく言い切る氷河に、星矢は大袈裟に肩をすくめることしかできなかった。 「まあ、それは認めないでもないが、しかし、グラードの生徒会長と言えば、それだけで世間に通じるステータスだろう? T大を出たというのより、立派な箔だ。T大生は毎年千単位で量産されているが、グラードの生徒会長は年に一人しか出ないんだからな」 「だいたい、責任感ってものがないのかよ、おまえには! 生徒会長が急に転校しちまって、おまえの元のガッコの奴ら、みんな困ってるだろ」 「俺が、俺の人生以外のものに責任を感じる必要はあるまい」 「…………」 「…………」 一瞬の躊躇もなく断言する氷河に、今度は、紫龍と星矢が揃って肩を落とす。 グラードの生徒会長がどういうふうに選ばれるのかは、星矢と紫龍も聞いていた。 立候補も推薦も、応援演説会すら、グラードでは行われない。 グラードの生徒たちは、生徒会役員改選の時期、2年生で成績がトップの者に記名投票するのだそうだった。彼もしくは彼女から、勉強時間を奪うために。 資質も人格も完全無視。 『今どき、あんなに学力偏重の学校も珍しいぞ。20年、いや、30年古い』 というのが、氷河のグラード学園についての評価だった。 「ま、おまえが生徒会長なんて柄じゃないことは確かだが」 「行動力と決断力ならあるじゃんか。瞬に一目惚れしたからって、一週間後にはウチに転校してくるくらいなんだから」 「こいつには奉仕の精神がない。生徒会役員ってのは、一種の公僕だぞ」 星矢の、非難の色濃い弁護を、紫龍はあっさり切って捨てた。 氷河には、彼等の非難など、グラードの生徒会長職並みに重みのないもののようだったが。 「ふん。俺は、瞬に会った時、自分の生きる目的を見つけたと思ったんだ。他の何を犠牲にしてもいいと思ったな。それ以上に大切なものなんてない。おまえらも、それくらいの気構えでいた方がいいぞ。あれも欲しいこれも欲しいなんて欲を掻いて、二兎三兎を追っていると、大抵は本命の方を手に入れられずに終わるんだ」 自分の人生を幸福なものにすることにのみ責任を感じている男の垂れる有難い処世訓は、星矢たちには有難すぎて感涙ものだった。 氷河が初めて瞬に会った時のことは、星矢たちも聞いていたのである。 氷河は偶然見てしまったのだそうだった。 瞬が、忠律府高校の近くにある小さな児童公園で、前足に怪我を負っている野良猫を病院に連れていこうとしているところを。 足の怪我は人間によって負わされたものらしく、野良猫は極度に人間に触れられるのを恐れ、粗暴になっていた。怪我のせいで素早く動けない野良猫を抱き上げた瞬は、恐怖にかられた猫の爪に何箇所も傷を負わされながら、 「大丈夫。僕は何もしないから。僕は君を最後まで見捨てないから、僕を信じて大人しくしてて」 と、言葉の通じるはずのない猫に幾度も繰り返していたのだそうだった。 |