いつのまにか、廊下に向かって開かれた星矢の部屋のドアの前には瞬が立っていた。 「星矢、紫龍、貴様ら!」 思ってもいなかった展開に、氷河は二人の幼馴染みを怒鳴りつけた。 「わりぃ。でもさ、瞬は俺たちの大切な生徒会長だから」 「そんな理由にならない理由で、俺の人生を掻き乱すな! このバカ共が!」 どんな罵声を浴びせかけられようとも、こういうシチュエーションで、星矢と紫龍が氷河に脅威を感じることはなかった。 彼等の陣営には、なにしろ世界トップレベルの生徒会長という強力な最終兵器が装備されているのだ。 「嘘……ついてたんですね」 世界最強の最終兵器が、飢えたライオンに追い詰められたか弱いガゼルのような目をして、氷河を見詰めている。 「瞬、違うんだ…!」 追い詰めたライオンの方が、崖っぷちに立っているようだった。 「何が違うの……!」 「……他のすべては嘘だが、俺がおまえを好きだということだけは本当だ」 「そんなの信じられない。だいいち、僕は男です」 「俺だって、まさか自分が男に惚れることになるなんて思ってもいなかった」 この事態は自分でも意外だったと(おそらくは正直に)告げる氷河に、星矢が横で縦にとも横にともなく頷く。 「つーか、俺たちは、おまえが誰かに惚れることがあるなんて考えたこともなかったぜ」 「相手が瞬と聞いて、納得できたところもあるが」 「あ、それは俺も思ったな。瞬なら、氷河が惚れても仕方ないかーって。普通は惚れないだろ、瞬はいい奴すぎるもん」 相槌を打った紫龍に、星矢もまた相槌を返す。 「瞬、ここで氷河を逃したら、次におまえに惚れれるほどの大物が出てくるのは50年後だぜ、きっと」 つい先刻とは形勢逆転して崖っぷちに追い詰められた氷河は、最終兵器の登場と共に急に強気かつ呑気になった星矢と紫龍に、思わず不審の目を向けた。 「……おまえら、どっちの味方なんだ」 「瞬を騙しさえしなけりゃ、俺はおまえのこと割りと好きだぜ。辛辣なくらい何にでも公平だし、見る目もあるし。友だちじゃないけど仲間だしな」 星矢の言葉は、多分本音、なのだろう。 『友だちじゃないけど仲間』という表現には、氷河にも納得できるところがあった。 「俺は瞬を騙してなどいない」 「経歴隠して、登校拒否児の振りしてみせただろーが」 「そんなことが騙していたことになるか。何もかも、瞬を好きだという真実の気持ちから出たことだ」 「それが騙したことになるんだよ。ウチのガッコに来るまでは平気で学校に行ってたんだろ、氷河、おまえ」 「家にいるよりマシだと思っていただけだ! 俺は、好きなのに嫌いと言ったわけでもないし、嫌いなのに好きな振りをしたわけでもない 騙すってのは、紫龍みたいに、その気もないくせに、言い寄ってくるオンナを拒まない奴のことを言うんだ」 「俺は彼女等を泣かせたくないだけだ」 「恨まれたくないだけだろう。おまえがいー加減な態度を取ってりゃ、そのうちきっと泣くオンナが出てくるに決まってる。俺は! 瞬以外の奴が泣こうが死のうがどーでもいいし、誰に恨まれても憎まれても屁とも思わない!」 氷河が断言するのを聞いて、星矢は両の肩をすぼめた。 「……生徒会長が務まらないわけだよ」 「まあ、そういう奴だから、瞬が付いていた方がいいんだ」 「なるほどー」 紫龍の言葉に納得した星矢が、ドアの前に立ったままの瞬に室内に入るよう手招きする。 「瞬、氷河はお薦めだぜ セーカクは最悪だけど、行動力あるし、決断力もあるし、体力もあるし、運動神経もいいし」 「そういう問題じゃありません…!」 「あら」 星矢にまで敬語を使うということは、瞬がかーなーりー冷静さを欠いているということである。 そうなるように仕組んだのが自分たちだっただけに、星矢は少しばかり気が咎めてきたらしい。 とりあえず、星矢は瞬と氷河の執り成しに挑んでみた。 「こいつは、死ぬほどおまえのことを好きなんだ。おまえに嫌われたら、死んじまうかもしれないぜ」 「馬鹿を言うな! 瞬が死んだというならともかく、瞬が生きてる限り、俺は死なん!」 「……おまえねー。人がせっかく援護射撃してやってるのに!」 星矢と氷河のやりとりが、瞬には真剣に立腹している自分を揶揄しているようにしか聞こえなかったのだろう。 不信の目で友人たちを見やり、瞬は、 「帰ります!」 と一言言って、その場から立ち去る素振りを見せた。 それまで瞬の側に近付くことすらためらっているようだった氷河が慌てて立ち上がり、瞬の腕を捕える。 「瞬、待て! おまえがどうしても俺を信じてくれないと言うのなら、俺は……」 「おまえは?」 氷河の続く言葉を促したのは、瞬ではなく星矢だった。 『死ぬ』以外の脅迫句とはいったいどういうものなのかと、星矢はごくりと息を飲んだ。 |