「何か弱いところを持っていないと、おまえは俺を構ってくれないと思った。だが、俺の持っている弱みは、おまえ自身なんだ」

星矢と紫龍がいなくなると、氷河の口調は微妙に変化した。
肩から力を抜いたような、緊張の糸を僅かに緩めたようなそれに。
瞬と二人きりになったというのに――である。


「…………」

氷河の前に座り込んだ瞬はその変化には気付かず、そして、無言だった。

「信じられない、か」

少しの間を置いて小さく頷いた瞬に、氷河が小さな笑みを口元に刻んだ。
「そうか、それはよかった」

予想に反した答えに、瞬は、伏せていた顔をあげた。

「僕に……信じてほしいんじゃなかったの?」
「おまえは、大抵、無条件で人を信じる。そうすることができないのなら、俺がおまえにとって“大抵の人間”じゃないからだろう。俺は、おまえにとって裏切られたくないと思えるほどの相手だということになるな?」
「…………」

そう――なのかもしれなかった。
瞬は、自分が今感じているような感情に支配されるのは初めてだった。
ずっと幼い頃に、もしかしたら感じたこともあったのかもしれないが。


「おまえは、信じていた相手に騙されようが利用されようが、本当は全然平気なんだろう?」
「え?」
「おまえが人を信じるのは、信じたいからだ。信じている方が幸せでいられるからだ」

「…………」

まるで、それを悪いことのように言われて、瞬は無意識に唇を噛んでいた。
『実ノ親ニ見捨テラレタ子』――物心ついて最初に与えられた自分の“族称”に挑むかのように。

「僕は……顔も知らない親に捨てられたくらいのことで傷付いたから、ずっと傷付いたままだったから、だから、僕は他の誰にもあんな思いはさせたくないの……! 僕は、人に愚かだと言われたって、人に何と思われたって、最後まで信じ抜く! 僕だけは誰も見捨てないって、そう決めたんだ! だから、僕は……!」

瞬が激する様に初めて接したというのに、氷河は驚いた様子はまるで見せなかった。
「多分……そんなことだろうと思っていた。それは、ただのお人好しの考えることじゃない。俺は、おまえと似たような境遇で、全く逆のことを考えた。誰も信じるまいとな」

「…………」

「信じると決めて信じることほど難しいことはないぞ。信じようとするほどに、人は疑いの心に支配されるものだ。だが、おまえはそれをしてしまう」

そう言って、氷河はもう一度、繰り返した。
「……だから、俺も見捨てないでくれ」
――と。

瞬も同じ言葉を、氷河に返した。
「氷河は僕に信じられることが必要じゃないくらいに、何でも持ってる」

氷河は、横に首を振った。

「何も……俺は何も持っていなかった。おまえに会うまで、失って惜しいと思えるようなものを何ひとつ。それは……おまえも気付いていただろう?」

「…………」

“そう”なのだと思っていた。
瞬は、そうなのだと“感じて”いた。

それを嘘だと言われても、当の本人の口から“それ”は“振り”だったのだという言葉を聞かされても、瞬には、その言葉こそが信じられなかったのだ。






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